☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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大きさ
けのわからない話が続いてしまう。
「大きさ」について考えねばならない/人は通信機器越しに、あるいは空想のイメージで、物事や出来事を考えてしまうが、そのとき「大きさ」のことを忘れている。
「大きさ」とは何のことかというと、むろん、単純な体積のことではないが、何かもっとよくわからない、あるいは逆にそれだからこそ直観的にわかる、デカさだ、われわれは漠然と「大きい人」「小さい人」という言い方をするし、そういう捉え方もする。
人間が小さいとか大きいとかいうが、何のことなのだろう、わからないままそれを捉えていて、しかし頭の中ではその「大きさ」をすっかり忘れて思案したり企んだりしている、これが莫迦なのだ、「大きさ」を失念して企んだことはたいていロクなことにならない。

ほとんどの出来事は、むしろ「大きさ」だけで決まってしまう、たとえば男女関係を見たときにも、男の人がとても大きければ、それだけで関係が決まってしまう、この「大きさ」を失念して概念だけで男女関係を考えると、たいていロクなことにならない。
よくわからない「大きさ」があるのだ、概念上は「サイテーだな」と思えたとしても、目の前にしてみると、何か「大きさ」の問題があって、目を背けないと「サイテーだな」と言えないというようなことがある、大きさというとたとえば扇風機で起こした風と台風とではとんでもない大きさの差がある。
われわれはきっと、大きな者になりゆくべきなのだろうが、なかなかそうはいかないものなので、「大きさ」をよく見る態度のもと、己の「大きさ」とよく整合した振る舞い方や態度、考え方を持たねばならないのだと思う/つまり正しい態度や考え方というのは、それ自体では存在しておらず、「大きさ」と整合した形でのみ、それが正しいと言いうることになる。
大きい人がいて、小さい人がいる、この大きさの差分を見失ったとき、われわれはお腹の底から笑えなくなるだろう/われわれは「平等」という安直な概念に侵されて生きてきたが、「大きさ」というどうしようもない差分があることを改めて見つめるべきだ。

大きなものは大きな波と共鳴し、小さなものは小さな波と共鳴する、これを固有振動数という。

固有振動数というのは、初等の物理でしかないから、疑義を抱く余地はない、小さな波に振り回されうるのは、あえてバラバラにちぎれて小さくなったものだけだ、自分を小さくしないと小さな波に振り回されることはできない/そして大きな命を、小さな波のためにバラバラに分解してみるというようなことは、「やってはみたものの」という、けっきょくは罪業にしかならない。
広くつながって大きくなった一つの命と、細切れにちぎれて小さくなった命とがあり、小さな命が大きな波の共鳴を得ようとすることは、理に適わないことだ、細切れになった命が大きな波に焦がれると、人は見えてもいない空想を作り上げ、それにしがみつかねばならないことになる。
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