☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
<< この世の中には当たり前の隠し事 | TOP | 「何もできない人々」(何も創り出せない人々) >>
この世の中には当たり前の隠し事2
口を言っているのではない。
「この世の中」、といっても、その半分は隠し事にされているので、見えないじゃん、という話をしている。
先日、パスケットボールの日本代表選手たちが、インドネシアで買春行為をし、それが明るみに出て懲戒処分を受けたが、われわれは当然、バスケット選手のバスケットコート上での振る舞いしか知らない、だからこの世を読み取ることはできないということだ。
隠し事をせず、代表選手としてのツイッターに、前もって「買春もしてきます!!」と公言していればよかったのかもしれないが、なぜかそうして公言すると、世の中は「混乱」してしまう、だから混乱しないように隠し事にしているのだが、それではけっきょく水面下には混乱しかないということになる/本当のところは誰も、なぜバスケをするのが、そしてなぜ買春をするのか、よくわかっていないのだ、よくわかっていないまま当てずっぽうで生きている。

なぜこんな話をしているかというと、われわれが健全に生きるためであり、そしてそれ以上に、われわれが元気に生きるためだ。
われわれが仮に、バスケットボールの日本代表選手の、そのプレーから、「元気をもらいました」「勇気をもらいました」と感じることがあったとしても、それは根本的に誤解であり、この誤解に基づく元気と勇気を追いかけていると、われわれは疲れるのだ、そこには真の元気も勇気も世界もないのだから。
重要なことは、ずっと同じ、きっちり50%は隠し事にされていて、読み取ることができないということだ、そのことに基づいて考えれば、少しまともになって、われわれは元気になる/たとえば、バスケットの代表選手がスキャンダルでバッシングされたとして、そのバッシングを熱烈に始めるいつもの人たちも、当人としては粘膜や穴をドドドドとやっているということを考えればいい、そうすると少し真相に近づいて元気になる。
あるいは、セクハラ告発運動、いわゆるMetoo活動の、中心的人物の一人だった女優アーシア・アルジェントも、ここにきて、五年前に17歳の少年に性的暴行をしており、そのことに口止め料を払っているということが明るみに出てきたそうだ、このお姉さんもつまり粘膜や穴をドドドドしており、そのことが「案外やめられず」「水面下で幅を利かせていた」ということになる/こういうことだから、表面的なバスケットボールや表面的なMetooに元気や勇気をもらおうとしても、けっきょく疲れるだけなのだ、本当はなぜ女優をやっているのか、なぜ少年と強引にファックしたのか、当人もよくわからず、われわれは当てずっぽうに生きている。

カネで買った女子中学生をヤッているときでも、おれはおれだ。

実際にはそんなさもしいことは、今のところしていないが、仮にそんなことをしていたとしても、その最中もおれはおれだ、僕にはいわゆる「裏の顔」のようなものがない、僕の場合はその程度がひどく、仮にカネで買ったヤク中の女子中学生がハダカで目の前にいたとしても、「えーと、それは背骨の使い方が違うな」とか「言葉の定義はそうじゃない」とか言い出しそうだ、それはそれでどうなんだと自分で呆れるところがあるが、とにかく僕は表沙汰にも栄光などないぶん、水面下にも裏の顔などない(だからずっと元気だ)。
あなたが僕に、詩文で迫っても、身体的ワークで迫っても、ハダカで迫っても、僕はびっくりするぐらい同じだ、そのときは「だからずっと元気なのね」と、わかってもらえるだろうか/そりゃ半分も隠し事だったら疲れずに生きられるわけがないよ。
視点変えてこ | comments(0) |
コメント
コメントする










| /PAGES |