☆いい女☆で行こう!

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WS報告010(4)/人が「バトル」するメカニズム

回は「金魚法」による呪縛抜けを、割と入念にやった、遠距離からの来訪組がこの技法を大いによろこんだからだ。
あらためて、きっちりやってみると、この技法はやはり面白いのだ、自分の「向いている方向」がコンマ一ミリでもずれると、もう「ぶつかる」ということは起こらなくなる、われわれはこの生理的なメカニズムを教わらずに放ったらかしにしているから、好き放題にバトル(ケンカ)が始まるのだ/このことがストレスを無限生産する現代社会を形成しており、また、バトルにならないよう「空気を読み合う」というかったるいことをわれわれはさせられている。
われわれは、人に嫌われたくないし、かといって逃避したくもないのだが、じゃあどうすればいいということを、まったく具体的に教わっていない、これはさっさと教わったほうがよいのだ、なぜなら教わったとしても本当にできるようになるには以降の経験を蓄積せねばならないから。
「われわれは、生理的に、"ぶつかってきたものとぴったりぶつかるように出来ている"から、バトルになるんだよ、つまりわざわざ精密にバトルを"発生させている"んだ、こんなのアホみたいじゃないか」「われわれの身体は精密にできていて、たとえば本棚に手を伸ばしたとして、身体の向きが一ミリでもずれたら、もう手の先は隣の本を掴むよ、そこが一ミリもズレないから正面衝突してバトルになるんだ、バトルをしたくなければズラせばいいんだよ、ただし身体がちゃんとひとまとまりになっていればの話だけどね」。

ラグビーの経験者がいるので、タックルに入ってもらった、さすが経験者なので手慣れており、体勢も安定している。
ラグビーの経験者なのだから、タックルに入られた状態で、上から押してやってもビクともしない、そりゃ当たり前だ/ただし、それは上から「敵が押している」からであって、敵から押されると反発するというメカニズムで成り立つものだし、また「敵を押す」という側も、実は身体をバラバラ(カチコチ)にしてしか「敵を押す」という行為はできないからだ、そういったメカニズムでタックル体勢の安定は形成されている。
それで、タックルに入られた体勢の僕が、別に何もしない、その場で急に「休憩」といって座り込むと、タックルに入っていた彼は「うわっ!!!」とその場にへたりこむことになった、これは実際にやられるとゲラゲラ笑うものだ、「急に重くなった!!」とペチャンコにされてしまう/タックルの体勢で押し合いへし合いが成り立つのは、あくまでラグビー的「バトル」がルール上で形成されているからであって、そんなところでいきなり「休憩」されたら、たまったものではない、肩から上に人間が一人「休憩」で乗っかって平気な人間などいるわけがない。
あるいは、右腕をガッと掴まれたとき、反射的にグッと力を入れ返すから、そこにバトルが生じるのであって、「素っ頓狂なことだけど、右腕をガッと掴まれたとき、左腕にガッと力を入れてごらん。そしてそこのベンチに向けて、全身全霊の左フックでも打ち込んでやるんだ」、そうすると、右腕をガッと掴んでいた人は、掴んでいる先が「敵」ではなくなってしまうので、感触が変わってしまい、もう「ガッ」と持ち続けていることができなくなる/われわれは、生理的なものを放っておくから際限なくバトルをさせ、それにより自ら疲弊していくという、思ったよりアホな者たちなのだった。

「本気」というのは気魄だから、霊魂の営為は失敗する。

「誰か気づくかな? Hちゃんはもう、自分で正解を言っているようなもんなんだよ、さっき、『本気でやればやるほど、"自分"が消えない〜うおお〜』って言っていたじゃない。そりゃそうなんだよ、われわれはずっと、魂魄の学門に取り組んでいて、魂魄を切り離して使えるようになろうという話をしているのだから……『本気』という気魄状態になったら、霊魂の現象は消え失せるという、ちゃんと学門どおりになっているでしょ、何の問題でもない、ちゃんと学門どおりのことが結果的に示されているんだ」/われわれは一般に、「本気」ということを高く評価する価値観の中を生かされているが、それは別の見方においては霊魂の全否定であり、バトルの礼賛でもある、「相手が『本気』で向かってきているのに、それを一ミリずらすとか、ふざけているにもほどがあるだろ? そのとおり、これはふざけたワザであって、ふざけているからバトルが消失するんだ」。
「前にチラッと言ったことがあるだろ、『生きている、というのはたいしたことじゃない』って。『本気』になるのは、『有利に生きるため』であって、なぜ有利に生きねばならないかというと、永遠の命がないからだな」、「実戦形式でやったらケガしちゃうでしょ、だから型にして練習しているんだよ、われわれは物事の、一番面白いところだけエッセンスにして、一番面白いところだけものにしてやろうと稽古しているの、これは本来、才能のある奴が五年か十年やれば気づく『かもしれない』ってたぐいのことだから、ここでさっさと身につけてしまえばヨソでマジメにやる五年分の値打ちがあるよ」。

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