☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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完成に向かうことがない人

チンコ屋でオバサンが、「えいクソッ」とパチンコ台をどついていたとする。
これは、オバサンによって、「よしパチンコ台をどつくべきであろう」と判断された結果、パチンコ台がどつかれたのではない、単に感情的になっただけだ、体内にそういう興奮物質が駆け巡ったので、オバサンはパチンコ台をどついた。
「勉強しなきゃ」「あの人が好き」「○○へ行きたい」「ああいう服が着たい」、人によっては、自分の挙動や思念の何もかもが、単に体内を駆け巡る興奮物質によって活性化され、決定されている、メラメラしたりウルウルしたりワーッとなったりするので、僕は「メラウルワー物質」と呼んでいるが……
人間の体内のことなので、興奮物質を常時注入していれば、次第にボロボロになっていくのだ、そうして内部がメラウルワー荒廃すると、もう理性は残されてゆかない、すさまじい虚脱に陥るか、そうでなければさらなる興奮物質をオーバードースしていくしかないのだ。

麻薬でボロボロになった身体が、その後なめらかにすばやく動くということはまずない、われわれは引退した元プロ野球選手をテレビで見て、「テキパキしていてすばやいな」という印象は受けない、つまりジャッキーチェンのようではない/元プロ野球選手ということは、かつては最高峰クラスの身体能力を誇っていたはずだが、なぜかそのことはその後に「身体のすぐれたおじさん」を残さない、動かなくなるのだ、筋肉と興奮物質のエキサイトで振り回した身体は、そのときだけ表面上は意気軒昂にしてくれるが、内部的にはズタズタになっている。
麻薬でズタボロになった身体は、ひどい虚脱で、ダルく、苦しい、とても耐えられない、だからご存じのように、一度そうして麻薬漬けで暴れた者は、その後もずっと「麻薬をくれ、麻薬をくれ」と言い続けることになる/パチンコ屋のオバサンは、<<台をどつくぐらいならパチンコ屋に来なければいいのだが>>、そうはいかない、パチンコ屋と現金ギャンブルの興奮を、体内に注入しないでは、もう朝から晩までがダルくてしょうがないのだ、<<パチンコにハマっているのではなく、虚脱症状に耐えられないだけだ>>、そのダルさと苦しさは、あるところから人の意志や理性を吹き飛ばし抵抗を不可能にする。
最大の問題は何だろうか? それは、当該のオバサンが、自分を信じ、他の誰かのことをけっきょく信じていないということだ/オバサンはけっきょく、<<自分にこそ光があるという誘惑を断ち切れなかった>>、だからこれまでに差し伸べられた手に、本当に頭を下げるということができず、自分の洞窟の最奥では、……自分のカルマこそ光では? という信仰をこっそりやってきた、この先オバサンは、なおも自分が正しいと信じ続けるのだ、この吾我驕慢を字義のとおり「我慢」という。
「自分にこそ光がある」、メラウルワー麻薬を体内に流した者は、誰でもこのことの「確信」を得るものだ、「自分にこそ光がある」、そうすると自分は無敵のように感じる、そうすると他の誰かが<<完成に向かおうとしている>>ということが見えなくなり、そのことに否定的になり、当人は何の完成にも向かわなくなり、そのことに自覚もなくなる。

何かを完成させるのは、すさまじくダルいものだ。

このダルさを突破して、一定の完成を得てきた人と、そういった完成は一度も得ていない人とのあいだには、おびただしい格差がある/完成に向かってゆく人は、ひとつひとつのことに「気が遠くなるわ」と感じながら、なおもそのすさまじいダルさを独りで踏破してゆく、一方で完成に向かうことがない人は、漠然と自分は「無敵だ」と感じていて、自己陶酔が好調だが、けっきょくはわずかなダルさでも目前に現れると、多量のメラウルワーを注入してしか取り組めない。
「完成に向かう」ということは、すさまじくダルいのであって、そのダルさを知らない者は、何歳になっても何も知らないということになるだろう/そして、「完成に向かう」ということがない人は、必ず別の方へ向かっているはずで、別の方向といえば完成の反対、何かをメチャクチャにするという方へ向かっているはずだ、こうして人は無条件に「他人の完成を妨害する生きもの」に勝手になってゆく。

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