☆いい女☆で行こう!

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WS報告011(3)/「誠心誠意」への脚光と眼差し
ィクションとは関係ない、「わたし」というノンフィクションの使い方、「誠心誠意」の正しいやり方を教えた、このことは大きなよろこびと共に受け入れられた様子だった。
胴体をまっすぐにして、相手にまっすぐ向けて、まっすぐにつなぎ、まっすぐ頭を下げるだけだが、ちょいとしたコツがあり、途中で胸が下がってはいけないのだ、胸が下がると相手との接続が切れてしまう/これを正しくやると「眼差し」が発生する、実は「眼差し」が発生するには科学的に"正しい要件"があるのだった。
多くの人には、とんでもない誤解があったらしい、そうして「誠心誠意」で頭を下げると、人に「触(ふ)れる」という現象があるのを、みんな知らなかったのだ。
「優劣とか優越感のものかと思っていた」「頭を下げてりゃいいんでしょと思っていた」とか、聞いてみりゃ話はめちゃくちゃだ、「頭を下げると(頭が下がると)コミュニケーションになるんだ」と、そのこと自体が大きな発見だった様子だ。

「なぜかはわからないけれど、この動作を何千回でもやりたい」「この動作そのものに、自分の全身が飢えている」と、多くの人が言っている。
僕は、「へえ、そういうものか」と驚かされたのだが、最近はこうしたときつくづく、「教わっていないというのは恐ろしいことだな」と思うようになった/僕もわざわざ誰かに教わったわけではないが、すべてはどこかで教わってきたことなのだろう。
多くの人は、「頭を下げる」というのが、イヌがよくする「服従のポーズ」と同じようなものだと感じていたらしい、んなアホな……と、もう笑ってはいられないのだ、"教わっていないというのは恐ろしいこと"なのだ、今はたして何%の人が確実に「誠心誠意、頭の下げ方を知っている」と断言できるのだろう。
ふとしたワークの合間に、誰も彼も、まっすぐに頭を下げる練習をしている、どうやら本当に全身がその動作に飢えているらしい、「こころに使い道があった!!」「キモチはこころではなかったんだ!!」と、あえて言えば今ちょっとしたブームだ/「眼差し」を持つようになって、それはつまり、自分を見たときに「ダメな人の目」を認めなくて済むようになったということだ。

僕が正しく「誠心誠意」を向けるという実験をすると、歩いていたプレイヤーは「うおっ!」と立ち止まった。

それぐらい、はっきりとした、正しいやり方と、正しい作用がある、こんなもん正しく教わらないでは、ただの損というか、ヤケクソで生きることにしかならない/このごろこうして色んなワークについて、「いちかばちかでやらなくていいんだ」「そりゃそーだよ、正しくやりゃ正しく成立するように初めから教えとるわい」という、実りの段階が生じている。
「誠心誠意」の"具体的"なやり方を、どこかで誰かに教わっておくべきだ、それが"クソみたいな平伏"ではなく、「コミュニケーションであり、"出会い"なんだ」とわかったとき、内心の奥でガマンしながら頭を下げていたという、"我慢"の悪魔が衰退していくだろう、この「誠心誠意」以外にはおそらく、空気がパンパンに詰まった「吾我」を縮小する方法はない。
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