☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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女性を侮辱してはならない

「女性を侮辱してはならない」と言うと、「そうだな」「そりゃそうだ」という感じが実にする。
一方、「男性を侮辱してはならない」と言うと、「草、なんで?」という感じがする。
なぜ、という理由は特になくて、ただの社会的な声だ、「女性を侮辱してはならない」というのは正で、「男性を侮辱してはならない」というのは草だ、本当にそういう感じがするのだからしょうがない。
「男性を侮辱してはならない」って、リアルに、ただのオモシロ冗談にしか聞こえないからな……ここに「社会的な声」の作用の強さを、われわれは見るのだった。

もし僕が、二十歳の女の子に、「まじウザイんですけど」と言い放ったら、僕はサイテー男になってしまう。
逆に、もし僕が、二十歳の女の子に「まじウザイんですけど」と言われたとしたら、それは僕がサイテー男だから、そのように言われているのだろう、根拠はないがそう感じる。
僕はなんとなく、それでいいんじゃないかなという気がしているのだが、本当にそれでいいのかどうかは知らない、まあ別にいいんじゃないか/というのは、もはやどうしたって、女性が男性を侮蔑的に見ないということは、すでに状況的に不可能だからだ、不可能なことをあれこれ考えていてもしょうがない、<<草が生えるのを止める方法はない>>。
別に女性を悪く言っているわけではないのだ、「男性を侮辱してはならない」と言うと、「草」という反応になるのは、僕自身だってそうなのだ、僕でさえ操作できないその反応を、若い女ごときの余人どもが操作できるとは思えない。

男性を侮辱しない方法が、女性にはわからないし、僕にもわからない。

「女性を侮辱してはならない」というのは、誰だってわかるのだ、誰だって「はい、そのとおりです」という感じがする、それに比べるとオメエ、「男性を侮辱してはならない」というと、誰だって「はい草、そのとおりです草」となるだろう、こんな草祭りを、たとえミラン・クンデラだって止めることはできない。
どうしよう、という発想はすでにないが、何が起こっているのか、ということには引き続き関心がある、きっと何か大きなことが進行しているのだろう、二十年前は「草不可避」なんて反応はなかったものな。

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