☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
<< 数年来のナゾ、「本当にダメな人」 | TOP | カミサマと相と自己決定 >>
数年来のナゾ、「本当にダメな人」2
「怒り」がキーワードだ。
よく、街中で、幼児を連れている母御さんが、言うことをきかない子供に猛烈に起こっていることがあるが、「よく見ろよ、あれは怒っているのじゃなく、"憎悪"しているんだろ」「憎悪? 自分の子供なのに?」「そりゃ自分の子供じゃなかったら憎悪しねーだろうよ」「あ、そうか」、という場合がよくある。
そのことを代表的に、「怒り」と「憎悪」の区別がついていない場合は多いし、怒りと呪詛、怒りと罵り、怒りとムカつき、怒りとイラつき、怒りと怨み、怒りと嫉み、怒りと「キレる」、怒りと喧嘩、怒りと敵愾心、怒りと不服、怒りと執着、怒りと陶酔、そのあたりの区別をつけるのは意外に困難なものだ。
そして、「怒り」はただ「怒り」であるという、純正品に触れることは、今やとてもむつかしく、きわめてレアなことだ、「めっちゃムカつく」になっている人はいくらでも街中に見つかるが、怒りの権化となって周囲を震えさせている気魄の主というのは、このごろまったく見かけなくなった。

これはチャクラうんぬんの話だが、「腹が立つ」「ムカつく」「イラッとくる」というのは、それぞれ別の現象だ。
「腹が立つ」だけが正解であって、「ムカつく」というのは基本的に「(胃・胸が)ムカつく」というものだし、「イラッとくる」というのはいわゆる「頭に来た」「頭に血が上る」という状態だ。
本来、純正の「怒り」が生じた場合、いわゆる臍下丹田が活性化してセンターになり、上半身や腕はむしろ脱力するものだが、「ムカついた」「頭にきた」「イラついた」「キレた」「頭に血が上った」という人は、上半身に力が入り、上半身に気の膨張が起こってしまう/これは単純に言えば「怒り」ではなく「感情的不快」にすぎず、まあハズレであり一種の故障だとも言える、この故障はやがて恢復不能な、つまり「故障」ではなく「壊れた」になる。
純正の「怒り」が生じたとき、人はまるで野生の動物のように、対象を「仕留める」ということにのみ強烈に向き合い、むしろ静かになる、野生動物が獲物を仕留めるときは静かににじりよるものだ、「仕留める」だけが目的だから/この機能が故障すると、「仕留める」ではなく「加害する」「敗北させる」「打ちのめしてやる」という衝動が起こってしまう、「やっつける」「やっつけずにいられるものか」「耐えられない」という感情が起こる、この「仕留める」というチャクラのはたらきがまったくわからなくなってしまった人は、「もうムリ」になる、なぜならその人はもう、本当に仕留められる(つまりリアルに「息の根を止められる」)まで自動的に行き着くしかないからだ、そしてそんなしょーもないことで犯罪者になるアホはいないのだった、まあ例外的にヤクザさんが相手ならミンチ機械に放り込んでもらえるかもしれない。

「本当にダメ」というのは、怒りの対象ではなく、むしろ怒りの完全な対象外だ。

われわれの身体は、不遇な事故によってでも、半身不随や回復不能のマヒになったりするのだから、重要なチャクラの機能等も、回復不能のマヒになったりすることがあるのだろう、そしてそうした回復不能は、人智では回復不能なのであって、例外的に回復がありうるとしたらいわゆる「奇蹟」しかない、だがそんなマジモンの「奇蹟」を、誰が起こせるといって、そんなものを起こせると断言できる人は詐欺師しかいない、なぜなら奇蹟はもともと人が起こすものではない。
ここで言う「本当にダメな人」は、つまり腹の底が壊れた人なので、ちょうど「お腹の底から笑えない」という人とも共通している/まあしかし、「本当にダメ」と言っても、別に生きていけないわけではないので、そう慌てることでもないだろう、重要なことは、「本当にダメ」になってしまう前に手を打つことだ、「本当にダメ」になってしまった後は、もう特に慌てる必要がない、こんなものは最大に合理的に考えるしかないのだ。
正しく見ないとな | comments(0) |
コメント
コメントする










| /PAGES |