☆いい女☆で行こう!

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マウントゴリラ黙示録5/「自分の願っていたことは、もう何一つできない身体になった」
なたがもし、「教えてください!」といって、意気込んで僕のところにやってきたとして、どうなるか……実際にはあなたは、不穏に固まり、黙り込み、それを覆い隠すために、不明の挙動をする、一人でヘンに暴れたりもする/しかも僕のことを「嫌悪」する。
あなたの意志ではない、マウント反応が起こるからだ/すでに、あなたの望んだようには、あなた自身はなってくれない、あなたはあなた自身に、「自分の意志ではない行動・現象」が、不可避に起こるのを発見するだろう。
「こういうデートがしたい」「こういう人と」「こういうふうにリードされたい」「こういうふうに学んでいきたい」「こういう行動ができるようでありたい」と、あなたがそうして夢に描き、望んだすべてのことは、いざそのときになって、あなた自身によって破壊されるだろう、あなたはそのときになって、自分の全身が瘴気を噴き出すことを未だ知らない。
あなたが知らない「あなた」が、すでに内部に巣喰っていて、支配権はすでにそちらの手に渡っているのだ、あなたはそのとき、「こんなにしてくれてありがとう」とは決して言わない、そのときになって「言えない」のがわかるのだ、あなたを支配する内部のそれは、「マウント下位」を断固拒否する、そのためになら大恩ある人も、かけがえのないやさしさを振る舞ってくれた人も、いかなる至高も、膝下にねじふせて己の「マウント上位」を確保しようとする、とんでもない話だが本当にそうなのだ、むしろ「それが獣の道」とアクティブに捉えたほうが、このことはわかりやすくなる。

いっそ、勇気をもって、「自分の願っていたことは、もう何一つできない身体になった」と、先に仮定してみるほうがいい、そうするほうが、まだ予防と緩和と、ひょっとしたら復旧が早くなる。
ちょっとでも(ほんの、ごくわずかでも)、頭が下がりそうになるとき、あるいは、何かを見上げようとするとき、ただちに、あなたの知らない機構が動く、「マウント」の機構だ、あなたはその、頭が下がりそうになること、何かを見上げようとすることに、自分の意志とはまったく関係ない、「ギャー!」というすさまじい悲鳴を内側に聞くことになる、この悲鳴が起こるとただちに、あなたは見上げようとしたものに対して、「殺す」「許さない」という、殺意と、不穏の瘴気を上げ始めることになる。
「素直になれない」などという、かわいらしいレベルのことではないのだ、あなたはあなたから見上げようとする人を、ただ「見上げる」というその位置関係によって、無条件に「殺す」「許さない」と感じる、それも激烈に、悪魔のような瘴気を噴き上げてだ、それはそういう仕組みのものだからしょうがない、この支配は学門なしに理解することはできない。
あなたは、何かを考えているわけではなく、もう獣の物質が、体内においてリミット寸前なのだ、だから何かを見上げようとした瞬間、もう何の理性もなく、ただトリガーが引かれ、「マウントを弾き返す」という、血まみれの反応を起こす、その反応はとても激烈だ/あなたは誰かを尊んだり、誰かに感謝したり、誰かを称賛したり、そういうことはもうできないのだ、あなたにできるのは、その尊崇と感謝と称賛の対象を、突如ひっくり返して踏みつけることだけだ、このことを僕は「大金星」と呼んでいる、あなたはその瞬間「大金星」を上げる。

ボスゴリラに上着をかけたらどうなるか。

「寒いかな」と思い、ボスゴリラに上着をかけてやったとしたら、どうなるか、もちろんボスゴリラは、誰かが自分にマウントを取りに来たと感じ、激烈な攻撃をもってこちらに向かってくるだろう、そんなもの殺されておかしくないし、殺される側が断然悪い/ちょうどそんな感じで、理はまったく通用しない、獣の反応のほうが遥かに速い、ボスゴリラは自分のマウント上位だけ保たれていればすべてが満足なのだ、それ以外の反応はない、それはゴリラなのだからしょうがない。
まったく冗談じゃなく、ここ数年、僕が命がけで与えれば与えるほど、そしてそれが魂に届けば届くほど、僕は殺されそうになってきた、実際に暴力も受けているのだ/僕から相手に何かが届くということは、それだけ向こうにとっては「マウント」なのだ、どれだけ向こうが望み、僕が必死に応えて与えたことであっても、それが届いたらその時点でマウントだ、僕は殺される必要がある、これは誇張で言っているのではなく、マウントを取りに来た者は殺される必要があるのだ、「正義」として……つまり僕がすべてを届け、その後ただちに殺されるということならば、その場合のみ「正義」が成り立つ、今はやせがまんされているが、構造的本質はこれだということは把握しておかねばならない。
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