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マウントゴリラ黙示録7/実験

とえば、ガンジーは偉大だ、というようなことは、誰でも知っている。
ところが、実験として、「うおおお〜ガンジー偉大すぎるわあああ」と言ってみようとすると、その言葉はなぜかわざとらしく、気色悪くなる(おれはならない)。
ぜひ、実験してみるといい、あなたがガンジーを「称揚」しようとすると、あなたの内心は暗くなり、なぜか声はドス黒くなり、顔面の、表情の奥には、ちらっと狂気が窺い始める/「反抗的」な何かが内部にせりあがり、その「反抗的」は、獣の体臭を持っていることが感じられてくる。
それは、信じがたい話、「ガンジーは偉大だ」という、人類にとってはアタリマエの知識に対しても、獣化した全身は、「マウントを取られる」と感じているということだ、獣(ゴリラ)にとっては、「称揚」=「マウントを取られる」なのだ、それで現代人は、マウントを回避する器用な言い方として、「リスペクト」という言い方を発明した、リスペクトというのは「オレがガンジーをリスペクトしている」という意味であって、ガンジーを称揚するものではない、これはうまい抜け道なのだった。

「リア充」「陽キャ」、「イケメン」「草食系」、色んな言い方が発明されてきたが、これらのすべては、発話者の側がマウントを取れるように、デザインされている、つまりこれらの語で「言い捨てる」ことによって、マウントを取ることが可能だ、「彼、イケメンだよねー」と言うとき、発話者の女性はマウントを上位に取ることができる/マウントを上位に取ることは、ゴリラの生理に合う。
単に、これだけなのだ、すべては発話者のゴリラ事情に合わせた語が発明されてきたにすぎない、ゴリラがデイリーでマウントを取らなくてはならないのは、畜生道においてやむをえないことだ、朝起きたときから他者にマウントを取りにいこうとするのは、ゴリラとして自然なことであって、ひとまずそのことを博物学的に認めるしか正しい道のりはない。
れっきとしたゴリラがあって、れっきとしたゴリラ事情があって、「マウントがわれわれの死生であるぞ」という、ゴリラワールドとゴリラ哲学があって……そのゴリラワールドから、脱出なんて思わないことだ、「一生このゴリラワールドなんだ」と、ひとまず認めてしまったほうが、すべてのことがよく見えてくる/「わたしの全身が真に帰依するのは、 "マウント" なんだわ」という悟性をもって、すべての空間を眺めれば、理解にも時間短縮ができよう。
実験してみればわかる、何か偉大なものを、「敬い」「尊び」「称賛する」ということをしようとしたとき、あなたの全身には、人間らしいこころがみなぎ……らない、代わりに、何かよくわからないゴリラっぽいものが全身を駆け巡り、あなたは歯を剥き、目を剥き、両腕を力ませて、そわそわ、沸騰するマウントをどうしたらよいかわからず、固まって不穏になったり、暴れて狂気を見せたりするはずだ、それは「ゴリラに無理をさせた」という状態だ。

「ガンジーは偉大だああああ」と言うと、僕は陽気になるが、あなたは陰気になる。

実際に、あなたもそう言ってみるとわかる、「ガンジーは偉大だああああ〜」/なぜかヘンな声になり、ヘンな言い方になり、ヘンなキャラになるはずだ、ぜひそのとき内部に起こる、不穏なキモチに気づいてほしい、「ガンジーは偉大」というのは教科書にも載っていそうなことだが、あなたはそれを称揚しようとすると、マウント反応を起こす、びっくりだがあなたは一生それでいくのだ、そのことの理由を見つけるのに、「わたしはゴリラなんだからしょーがないでしょ」と捉えること、そうするのが最短の手続きになる。
「実験」してみて、自分を「あっ、ゴリラだ」と発見するということ、また他の誰かについても、「あっ、ゴリラだ」と発見するということ、それが最短の手続きになる/ここで「ゴリラ」と言っているのは、悪口ではないのだ、「事象」なのだ、実験結果を以て、ゴリラ界を生きていることに気づけばいい、ゴリラにガンジーの遺影を与えるとどうなるか? ウホウホ、ガンジーの遺影を投げ飛ばすかもしれない、そのときの様相に、現代人はぴったり重なるということだ、これを発見した人から順に脱出路を見つけるだろう。

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