☆いい女☆で行こう!

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蔓延する非常なダルさ3

分が何かをしようとするとき、異常にダルく感じられるのは、自分が「何をしたらいい」かが見えていないからだ。
異常にダルくて、正直一ミリもやれそうにないから、強制するために、何かしらテンションをかけて、ブーストをかけてそれをすることになる、そのことが悪霊を呼び込むということは以前に述べた。
しかし、悪霊を呼んででも、とにかくブーストをかけないでは、何ひとつやれないぐらい、真相としてはダルいのだ、このダルさは自分が「何をしたらいい」かが見えていないことによる。
そして、なぜ自分が、「何をしたらいい」かが見えないかというと、まず、他人が「何をしているか」を見ていないし、これまでにも見たことがないからだ、自分のことしか見てこなかったことのツケはここで最大に現れる。

もう、今さら言っても、多くの場合で手遅れなのだが、もともとは、他人が「何をやっているか」を見てこなければならなかったのだ、若い時間の多くはそのことに割かれねばならなかった。
たとえば、今になって、「まともでアツい仕事をしたいぜ!」と言い出したとしても、これまでに「まともでアツい仕事をしてきた人」のことを見てきていなければ、空中からいきなりそのノウハウを引っこ抜いてこなければならなくなる、そうなると「イメージ」に頼ることになるが、そんなものは初めからムリだ、イメージなんて一時的な、しかも作り物のウソに決まっている。
僕は最近になって、「集中ってどうやるんですか?」と訊かれたことがあるのだが、そのときとっさに、「これまでに見てきたことがないのか?」と訊き返してしまった/これまでに見てきたものを自分でやろうとすることと、見てきてもいないものをいきなり自分でやろうとすることには、天地の開きがある。
見てきていないものを、いきなり自分でやろうとする場合は、根本的に「ムリ」ということを、半ば覚悟しておかねばならない、なぜならそれは、引きこもりのキモオタが、いきなり街に出てナンパして若い青春と激しい純愛の物語をやりたいと言い出しているのと同じだからだ/内心でどのような空想を盛り上げたとしても、これまでに見てきていない――見ることをサボってきた――ものを都合よくいきなり獲得したりはできない。

「どうすればいいかわからない」のは、他人がこれまで「どうしてきた」かを見てこなかったからだ。

他人のやっていることを、しっかり「見る」ことで、自分と他人を「区分する」という能力が養われていく、「あの先生は教えるのに一所懸命だが、ぼくの勉強は一所懸命じゃないな」という区分を、子供心にも養うのだ、「違うんだ」と/そのことが何十年も続いたとき、ふと「一所懸命やってみるか」という思いに行き着く、そうしたらはじめてそれに取り組むにしても、十分に「見てきた」というキャリアがあるので、出来る出来ないの以前に「どうしたらいいかは、知らないでもない」と感じられる。
臍下丹田にある自立の機能、自他を「区分する」という機能を失った人は、他人のやっていることを見てきていないし、今も、他人が何をやっているかが見えないのだ、そして自分のやることというのは、他人のやっていることに対する呼応なので、他人のやっていることが見えないうちは、自分のやることも見えはしない、そしてそれを見えないままやらされるというのは、すさまじくダルいことなので、自分にサイキックドライブ(ブースト)をかけないと一ミリもやれないのだった。

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