☆いい女☆で行こう!

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バランスあるいはワールド・オーダー

ランスというのは、自分の中のバランスではなく……
幸福になる人間もいれば、不幸になる人間もいるということ。
夢中になって勉強する人もいれば、やさぐれて、すべてを罵って生きる人もあるということ、それで「全体」がバランスしている。
なぜそうなるのかといって、なぜかはよくわからないのだ、強いて言うならそれが「世界」だと言うしかない、そりゃ誰だって自分一人が世界ではないので。

世の中には、ヒサンなことになって生きる人もいるのだが、なぜヒサンなことになって生きていく羽目になるかというと、バランスのことを知らなかったからだ。
自分だけで考え、他人のことを見ずに生きるとそうなる、世界を無視して生きているわけだから、自分はどういうバランスユニットに配属されているかわかっていないのだ、自分の中の願望と不満だけで戦っており(草不可避)、そうした暗愚の中で荒んでいく……というユニットとして、この世界に定義づけられてしまう。
これはとても「無慈悲」なことであり、徹底した「差別」的現象なのだが、人為的なものではなく、ナゾのバランス現象として生じるものなので、いくら呪ってみたところで意味が無い、ヒサンなユニットはただヒサンさを担うのである、本人は自分が勉強不足だなんて思っていないのだから、ある意味では本望といえば本望の結果に落ち着いていく(と、周囲からは見えるものだ)。
仮に地獄行きの人がいたとして、単純に地獄行きではないのだ、「地獄役」なのだ、本当は誰だってそんな役は避けたいと思うだろうが、しょうがない、何しろ<<全体のシナリオがあることを知らない>>のだから、自分の配役変更なんてわかるわけがない。

ヒサンな人がヒサンになるのは正しい。

ヒサンになる人は、決まっている、ヒサンになる人はまず「全体のバランス、人々のバランス、配役」なんてことは考えないし、そんなこと見ないし、そんなことを言われても内心で否定するはずだ、それが悪いわけじゃない、ただ周囲が「あっ、お疲れ様です」と見るだけだ、賢明な人ほど一種の感謝さえ持ってその盲動を眺めるだろう、<<自分の幸福役は目の前の人のヒサン役と同時に成り立っている>>ということを知っているからだ。
ヒサンな人はたいてい、自分がカミサマに祈って自分がなんとかなればいいとしか考えておらず、たとえば天皇陛下がこの国のために祈ってくれていたり、あるいはダライラマやローマ教皇が人々のために祈ってくれていたり、するかもしれない、という発想がない、たいていヒサン役に配属される人はそういうものだ、別に脱出はしなくていいが、脱出しようとするなら自分が祈るというアホをやめて、自分以外の誰かが<<全体>>に祈ってくれているという可能性を発見しないかぎり活路はない。

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