☆いい女☆で行こう!

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邪ンル2(命あるものは暴走する)
葉が暴走する。
それは、人が暴走するより、はるかにまし、あるいは光に満ちたことだ。
女というのはジャンルになり、グラビアになったり女優になったり、清楚になったりビッチになったりした、そしてどれもうっとうしいので、公的に女はセクハラというジャンルになった。
男は何々系と呼ばれるようになって、典型的なジャンルになった、たとえ何系であっても、走行しない新幹線というぐらい意味がなく使い道がない。

言葉はもともとジャンルではなかった、言葉はわれわれより上位にある。
言葉が人の道具なのではなく人が言葉の道具なのだ。
いかに言葉に使われきる道具であるかということで、人の品性の善し悪しが問われる、あるいは人の性能が、徳性が問われる、言葉はもともと誰のものでもなく、そもそも人のものではない。
言葉そのものがしゃべっているのが、どうしても聞こえないか、またこれをやると悪霊つきの人がギャーと叫び始めるのだがな、それもいいだろう、そのときになって悪霊つきというジャンル扱いされたらいかに救いがないか、そういう時間が三十年ぐらいは続くのだろう。

言葉はジャンルじゃなくて命だ(命あるものは暴走する)。

その他、すべてのものがそう、命あるものは暴走する、人は生きているかもしれないが生きているだけで命があるわけじゃない、命あるものが暴走する、それに付き合ってゆけるのなら、われわれが生きていることにも値打ちがある、この世で最高の美女、あなたの目の前の譜面には命があって、暴走した痕跡が音符の並びに記録されているだろう、もともとは紙と墨だった。
こうやってまた、楽しい毎日が続いていくのだ、命は永遠だ、生きているものが事情に暴走することは貧しい、命あるものが暴走するのがうつくしいのであって、それはまるで見上げるばかりの秋の陽光みたいなのだった(いやあけっきょくおれはスポイルされなかったなあ)。
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