☆いい女☆で行こう!

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あなたの会いたい人について2
のごろは、僕も少しは自信を持てるようになってきた。
というのは、僕はこれまで、人が僕に向ける態度を、そのまま純粋に受け取っていたからだ/僕はこれまで、相手方に、<<態度が混乱する>>という可能性や要件を見つけられなかった、想定もできなかった、そりゃそんな厚かましい発想を僕の側からする理由はないわな。
僕はワークショップで教えているとおりの、身体感覚およびその他の特殊な感覚を持っているのだから、その感覚をアテにしてもよさそうなものだが、僕はいかがしい奴になりたくないので、基本的に相手の態度を表面上、そのままに受け取るのだ、だから拒絶的な態度が示されると、そのまま「うーむおれのことがキライなのだな」としか受け取らない、そりゃふつう人間はそう受け取るべきだろうよ。
だがここまできて、何百もヒアリングしてきた情報と照らし合わせると、どうも本当に表面上の態度と「身に起こっていること」がちぐはぐで、正反対の場合さえあるということを、認めざるをえないようだ、じゃあ「別におれは嫌われていたわけじゃなかったんだ」と、少しは僕も自信を持つことができるようになった次第なのであった。

だから、つまり、極論すると、僕のことを「大好き」「愛しています」と言ってくれりゃ、それですべてがすんなり行く、言っていることと起こっていることが整合するので、「そりゃどうも」と大団円で済む、それ以外のことは特にない。
「大好き」とか「愛しています」とかが、すんなり言えないのは、「大好き」とか「愛しています」とかが、自分の<<願望>>に関係があると思っているからだ、つまり何かを獲得しようとしてそれを言おうとするからややこしくなる/何の願望もない小さな女の子は「わあー」と駆け寄ってきたから、本来それだけでいいのだ。
察するに、おそらく、「大好き」「愛しています」で、「わあー」と駆け寄ったりしたら、何かその先に、とんでもないことになると思っているのだろうな、なんねーよそんなことには/女の子が「わあー」と駆け寄ってきて僕に抱きついたところで、何も起こりません、たぶん本当に何も起こらないからそのときはびっくりするだろうな、女の子の側がそれなりに何かになったとしても、おれの側がどうこうなったりはしねーよ、そして愛を確かめたところで何かになってしまうのは、とてもダサイことだ、愛を別の何かに加工してしまうことほど痛々しいことはない。
なんとなくね、よい兆しが来ているよ、単におれが行くところまで行ってしまったということかもしれないが、何かここにきて急に多くの人は、愛に素直になろうとしている、旧来の価値観や常識を、疑って捨てようとしているんだな、愛があるとかないとかはシンプルなもんだよ、それ以外に特にはなくて、世界はただ正当に豊かだったと、それ以外に得られる知見は何もない。

拾ってきた野良猫がフーフー唸っているみたいだ。

そんなに唸られても……拾ってきた猫をどうする、あたたかいところに住まわせて、身体に良いごはんをあげるしかないじゃないか、「フーッ!」って、そりゃわかるが、もういいかげん「違う」って、うすうす感じているんじゃないか、猫と同じころには機嫌を直してくれるとうれしいな、猫がにゃーんと懐いてくることには何のいかがわしさもない、「そりゃ猫なんだからそういうものだろ」としか誰も思わない。
この先、もっとあるなあ、思ってもみないほど大きな展開が、つまりおれから本当のことをやたらに話すということが、もっと大規模にあるみたいだよ、なんと夢のあることだろうか、ここまで幸福な未来がもたらされるとは僕自身想像もしていなかった、みんながおれに加勢してくれるというのはそういうことだもんな。
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