☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
<< あなたの会いたい人について2 | TOP | 地に足をつけて自立することと、天に束ねられてつながりを持つこと >>
よい兆し
日の、「Wordが無いのストレスだわ〜」の件については、即日に連絡があって、一同が寄贈してくれることになった、あっさり解決だ(やったあ)。
ワークショップと小説の執筆を同時進行して、さすがに体力も霊力も尽きたところ、アロママッサージに行ったのだが、その費用もワークショップ先生料としてバックアップしてもらえることになった、うーんマジで助かるなあ(二時間で13000円もするからな)。
少し前、大阪から通っていたワークショップのプレイヤーは、いつのまにか目黒に転勤になり、徒歩圏内までワープしてきやがったし(昇給までしたし)、暗い企業でストレスを抱えていたある女性も、今は風通しのよい職場で、トップ企業としてのゲームメーカーではたらいている。
聖地巡礼を終えて、今はリストのカンパネラを弾くのが当たり前になった女性もいるし、急にマッサージの腕が向上したセラピストもいる、また某会場のパフォーマンスで喝采をさらっていったダンサーもいる、何もかもいいニュース、福音ばかりだ、そして「よい兆し」はまだまだ大きな可能性として足許から芽生え始めている、気を引き締めてかかりたいが、ここまでのことをネガティブに取る余地はひとつもない。

よい兆しは、ますます来ている、どうやら僕が僕なりに追究してきた「学門」は、それなりにアタリだったらしい/明らかに「祝福」を受ける側に属している、僕はここでハズレになるのがいやだった、実力なんかなくていいから、祝福を受ける側の何かでありたかった。
この「学門」に準じていくかぎり、基本的にアタリのほうへ行けるな、これはすばらしいことだ、そして逆に、この学門に反対するほうへ行くこと、またこの学門を謗ったり曲げたりすることによって、人はハズレ方面へ転向することになる/と、これは僕の勝手な言い分だが、僕の勝手な言い分としては、そちらの方向へ行くことはおすすめしない、それでも行きたい奴や、行くことを背負ってしまった奴はしゃーないが……
人それぞれに、役割があるのだ、ああまた話が長くなってしまうが、誰でも「地に足のついた暮らしを」ということを一度は考える、けれどもなぜか「天につながった生き方を」とは一度も考えない/考えなくてよいのかどうかは、定かではないのに、そういったことは考えない、ただ慣習において考えない。
よい兆し、先日、僕が冗談で「ん〜、おれさまと会うよろこびがついにわかったわけか」と言ったところ、冗談口にしても「……うん!」と答えてくれた人がいた、なんてすてきなことだろうね、ふつう冗談でもそんなところは飛び越えられないわけだ、飛び越えたとすると何かしら祝福があるだろうよ、それは別におれに関係のあることではない、然るべきものに然るべき関係と態度を持てればそれだけでいい。

よい兆し、ただし常識をいくらか放棄する必要がある。

常識は、常識的な行為の中でしか通用しない、車の運転中に交通法規を守ったりするようなことだ、そこで非常識をする理由はまったくないが、常識的な行為をずっと常識ありきで続けていたとして、よい兆しは何もこない、そうなると人は、よい兆しのある人を呪い、その失脚を願うようになってしまう(このときはすでに悪霊がついているものだ)。
「マッサージ代をよこせ」というチャットを送ったら、「ぜひ使ってください〜」とハートマーク、号泣マークが無数に付属されて返信がきた、人は生きているうち、何かひとつぐらい、それぐらい無私になれるといい、金銭的には損だが(注・おれはトクだから損失はない)、金銭的な損と同等以上に「よい兆しがない」というエグい損も考えねばならない、どうすればいい? 何十年も生きるとわかってくるが、この世界はそんなに神秘的にはできていない。
バカをやろうかあ | comments(0) |
コメント
コメントする










| /PAGES |