☆いい女☆で行こう!

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WS報告015(4)/力のトリニティと、愛のトリニティ

とえばパチンコ屋があったとする、パチンコ屋は、フツーのパチンコ屋であってはならないので、エンチャント(魔力付与)されていなくてはならない、魔力のないパチンコ屋なんてつまんねーだろう。
魔力付与を受けるためには、カミサマやデーモンから力を賜るしかない、よってパチンコ屋はギャンブルのデーモンに帰依し、ギャンブルのデーモンを賛じ、奉ることになる、そういう照明や映像や音響や店構えがパチンコ屋を飾り立てることになる。
こうして魔力付与されたパチンコ屋に、プレイヤーが誘い込まれると、プレイヤーはただパチンコ屋にいるのではない、デーモンのblessを受けることになる、プレイヤーの元にデーモンが降臨するわけだ、ここで「誘い込まれる」という向きを矢印で図示するとこのようになる、[(デーモン) → プレイヤー → パチンコ屋 → (デーモン)]、デーモンの存在は視認しづらいのでカッコ付で表記した。
このトリニティの構図を理解せよ、プレイヤーがデーモンのblessを受けていることを明視せよ、このときデーモンを経由してトリニティを形成する材は「力」というエーテルであり、つまり「財力」という力であるカネを媒体にしてトリニティは結合し、収束に向かっている、よってプレイヤーは、財力を投げ込むほどblessを受けられるという霊的体験の中にいるのだ、だからこそ「金銭的には損をするとわかってはいるのにやめられない」という状態が続いてしまう。

何が聖なるもので、何が邪なるものかなど、わかったものではないが、さしあたり一般則として、「力」を融通するのはデーモン(悪魔)のほうだということになる、「権力」であったり「魅力」であったり、単純な体力や腕力もそうだ、「力」というのは霊的にはデーモン(悪魔)に借りるものになる。
デーモン側に帰依する場合、主題は「力」であり、だからこそパチンコや競馬のプレイヤーは、その遊びを「当たった」とか「外れた」とかではなく「勝った」「負けた」と表現する/およそ、パチンコに関心がゼロの人は、その日の収支のプラスマイナスを「勝った」「負けた」と表現することが感覚的にわからないはずだ。
それは「力のトリニティ」であるからこそ、結果が力の勝負として「勝った」「負けた」と感じられることになる/物事を「実力」と捉えて「勝った」「負けた」に分類すると、所属するトリニティがデーモン側に規定されるのだ、たとえばM−1グランプリのような形式で「勝った」「負けた」の "実力勝負" にすると、本来は人々を笑わせるはずの漫才話も、デーモンに帰依する不穏なトリニティに転属する(だからこそM−1グランプリは、大きな財力となる "賞金" を目立って必要とした)。
デーモンのトリニティを融通させているのが「力」であり、聖なる何かのトリニティを融通させているのが「愛」なのだ、だから愛を受けるためには「力」を放棄する必要がある/神社や寺院が賽銭箱(喜捨、浄財)を設置しているのは、わずかでも力を「捨てさせよう」という装置であって、また祭りになるとわざわざ重い神輿を人力で担いでいくのも、そこに「力」を使い果たさせようという装置なのだ、力のトリニティに所属しているうちは愛を受けることはできず、力を捨てた分だけしか愛のblessは受けられない。

内心で力を求めた、そのたびに、愛のトリニティからは隔たれていった。

これが愛と力の性質なのだ、聖書に「右の頬を打たれたら、左の頬を差し出しなさい」と書かれているのは、「力のトリニティに誘い込まれてはいけない」という警句なのだ/とはいえこれは、すでに力のトリニティに取り込まれた人にとっては、なかなか脱出不可能というのが実情だ、知力や権力や経済力、あるいは魅力や迫力や表現力というのでさえ、「力」に帰依した人はすでに十分なblessを受けており、力のトリニティから脱出はできない。
大きな権力と財力を手にした人が、たとえばツイッター等で、マウントの取り合いに毒を放ち合っている、まるで蛇に取り憑かれたように……そういう事実があることを、われわれは現在進行形で目撃しているところだ、大きな力の「勝負」に勝ったはずの人でも、所属が力のトリニティである以上、愛のblessは受けられない、それが悪いということではなく、それが性質だということだ、どれだけ力のblessを受けてきたものか? 今さら捨てられるわけのない巨大な帰依があるのだから、考えてみればつじつまは合っている/われわれにとって、力に帰依するか愛に帰依するか、その「帰依」というのはとても身近なことであって、むしろ第一に自己を決定する要素なのだった。

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