☆いい女☆で行こう!

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かわいい女の子がいい思いをする方法2
に男尊女卑だというのなら、その「尊い」と「卑しい」を、一般的な男尊女卑の感覚から、700倍ぐらいまで引き上げてくれ、それぐらい男尊女卑になれば、ようやく何かの構造に嵌まりはじめる。
男尊女卑といって、そのスケールが小さいから、しょうもない諍いが起こるのだ、「尊い」と「卑しい」の格差というのは、ちょうど太陽のフレアバーストと猛烈な下痢、ぐらいに捉えればいい。
人は、猛烈な下痢になると、大ピンチであって、それは太陽のフレアバーストで地球が焼かれるのと同等にヤバイ状況かもしれないが、同程度のヤバさでも、起こっている事象のスケールは違うのだ、あくまで自分の身だけに限定した場合のみ、フレアバーストと下痢は等しい、と言える。
男尊女卑をうんぬんするより、何が尊くて、何が卑しいのかの問題だが、尊いというのは「なぜこんなことに夢中になれるの」ということであり、卑しいというのは「なぜこんなことに熱中してしまうの」ということだ、尊いとは「やりたくてもやれないこと」であり、卑しいとは「やめたくてもやめられないこと」だ、このスケール格差を無理やり平等に扱おうとするから、舞台上にフレアバーストの誰かが出現せず、猛烈な下痢みたいな誰かが出現してしまうのだった。

卑しいということは、卑小ということであって、小さいということだ、劣等ということではない、男尊女卑というのも多くは「男優女劣」という誤解にすり替わっていると思う/こういう誤解のまま平気で驀進できる人は、残念ながら知性がアレなのだ、そういう人と意気投合するべきではない。
卑小の反対は、偉大とか雄大とかいうことになるが、つまり、雄大な男に「あら、ネクタイが曲がっているわ」と、女がネクタイの手直しをしてやるということが、まともだったということだ、ただしこの場合、男が雄大でなければ話にならない、男が小さなことでウジウジ悩んでいたり、眉毛の端っこをキチキチ調えていたりすると、これは雄大ではないので男女共「卑小かよ」ということになる。
問題は、男が雄大であれるかということと、女も、雄大であれるかということなのだ、ところが今や、男も女も、揃って卑小の側へ傾いており、つまりヒゲボーボーで仕事と学門に突っ込んでいるような男がいない、こうして男女とも卑小の側に向かっているのに、雄大のポジションに片足を突っ込んでいるのが問題なのだ、猛烈な下痢でハラがヤバイ奴は決して太陽神の力に接続しているのではない、トイレと医者にいくべきであって燦然たる舞台で自己主張するべきではない。
このあたりの原理を理解しないまま、雄大さのポジションに片足を突っ込んだ卑小マンは、懲罰のように艶めきや愛らしさを失っていく、だからもしかわいい女の子がブスのひどい女になりたい場合、小さなことを気にしながら平気で雄大さのポジションに踏み出せばいい、そうしたらテキメンにブスになっていくだろう。

立てている旗から、あなたは腐り落ちていく。

大きすぎる旗を立てていると、そこに大きすぎる霊が干渉してくるから、あなたの霊力が打ち負けて、ガタガタにヘバっていくのだ、霊力が打ち負かされると、カルマパワーで巻き返すしかないのだが、カルマパワーで巻き返したら、霊力はますます悪霊化していってしまう/旗サイズを700分の1にしなくてはならないのだが、そうするとあなたは友人に負けるので絶対にそのことを甘受できないだろう、怨みがきっちり残ってしまう、いったん大きな旗を立ててしまうとそういう騒動になるのだった。
未発達の土人じゃあるまいし、旗がデカイのがエライとかテンションあがるとかいうのはいかがなものか/僕は今一般の女性と相対すると、いつも「そんなデカい旗は、おれには立てられね〜」と感じる、僕の霊力の20倍はないとそんなデカい旗はムリだぜ、しかし世の中の風潮は、「もっと旗をデカくしよう」という一途なのだった。
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