☆いい女☆で行こう!

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地球の歩き方

が敬愛し、また私淑する、ムツゴロウこと畑正憲氏が、ひさしぶりに特集としてテレビ番組に出演された。
昨年末から今年はじめに、心筋梗塞で入院されて、死線を彷徨われていたそうだ、今はすっかり恢復されて、いつもどおりのように煙草を吸っていらっしゃった様子だったので、僕は安堵した、そしてムツゴロウさんの眼にこれまでに見たことのない色の光を見たように思う。
ムツゴロウさんは、万人が認めるところ、この時代に現存する怪物の代表みたいな方だが、これまでのムツゴロウさんに、あのような目の色は見たことがなかったように思う。
あの目の色が、何を示しているのかは、僕にはわからない、死線をくぐられてなお新しい何かを発見されたのか、新たな地平に到達されたのか、それとも凡人の情愛にも満ち始めたのか、僕にはわからないが、そこにはこれまでより一層豊かな何かがあるように僕には見えたし、またそのように信じたいとも僕は思った。

ふと、昔のことを思い出して、僕がインドを旅していたとき、到着初日の夜中にタクシーの運転手を、後部座席から蹴りつけていたことを思い出した。
当時僕は、大学生で、フロイトの全集とムツゴロウさんの全集を読み、「いつどこで死んでもかまうもんか」というのを当然にして生きていたので、初の外国の地でボッタクリ業者をいきなり蹴るという乱行に出ていたのだが、そうした僕の行動の背景には、命を引き下がらせないという、ムツゴロウさんからの影響づけがあった。
ムツゴロウさんが、ゾウに乗っている古い映像などを見て、僕は今になって、ハッと理解した/僕は地球の歩き方を、この人から習ったのだ、僕がどこかを歩くのは、観光のためではなく、いついかなるときも、出会う命のことごとくに正面から重なるためだった。
僕は当時、理学部のくせに、なぜか執拗にフロイトを読んでいたわけだが、僕はフロイトの解き明かす精神病理よりも、ムツゴロウさんの生きてきた「命」という直接の力を信じたのだった、そのことは今もなお変わっていない、時代が変わって隠してはいるが、僕は今も信じていることを一ミリも曲げていない。

すべての無意味は、命が通って変質する。

あのとき、毎日がどこか無我夢中で、毎日が光り輝いていて、すべてが無意味で、何もかもが、かけがえがなかった、その秘密を、僕は今も隠し持っていて、ただ周りと話が合わないから、表に出さないようにしている/命のすれ違いは危険だ、本当の危険が生じてしまう、僕はこの危険が処理不能レベルに至ったことを鑑み、命から学門へと旗印を換えたのだ、それでもなお、本質的な危険はいつも皮の下一枚に揺蕩っているが……
危険だ、本当に危険だ、あのときタクシーの運転手は、わけのわからないジャパニーの圧力に押しつぶされて降伏したが、もしそこで運転手がポカーンとしていようものなら、僕は本当に運転手をくびり殺してしまっていただろう、現代は本当に、そうした虚ろの穴がぽっかり空いてしまっている/けれどもなお、「地球の歩き方」は、あのとき習ったあれが正しいのだ、あれ以外に地球の歩き方は存在しない。

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