☆いい女☆で行こう!

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「受け身」は怖い

うーむ、ナゾは解けてきた。
ナゾは解けてきて、ますます困る、ということも出てきた。
困るといっても、本質的にうれしい困惑なのだが、何のことかというと、僕は何かについていったり、何かを説明したりということが、機能的に許されていないらしい。
本質的に、あるいは霊的にというレベルで、僕は野暮を禁じられているのだ、その方向には数秒も進めないようになっている、よって方法は、おれが愛されるしかなく、おれが何かをしてやるということは不可能なのだ、そりゃ身分構造的にそれでアタリマエといえばアタリマエのことではある。

もう、しょうがないのだ、僕があなたから奪い、あなたが僕に捧げるしかないのだ。
何を捧げるかといって、まあ単純には、読む時間とか、読む労力とかだな/僕の側から説明の労を費やすということは、構造的にできない、もしそれをやると、とてつもないマイナスがあなたの未来にセットされてしまう。
労を費やされる側……いわゆる「受け身」というやつだが、「受け身」というのは怖いんだな、スマートフォンそのものが悪いのじゃない、スマートフォンがもたらした「受け身体質」が怖い、スーパー消費者の行く先は想像しているよりも遥かに真っ黒で重油のように粘り着きあなたを取り込んで離さないだろう。
またよりによって、僕自身、最低ランクの身分たる自分を、いつでも起動できるし、それを使い慣れているから危ないのだ、みなさんにご愛顧いただけるサービス・マンたる能力が、むしろ僕の出自だというのが危ない、多くの人は逆にサービスを受けるのが本分で出自ですという感じだから、相互にピタッと嵌まりうるのが危ない/僕が野暮側をやるのは全然かまわんのだが、前もってシャレにならん闇になるとわかっていてわざわざそれをやるのは、さすがにどーなのと最近は冷静に考えるようになった。

高みから風を受けるということは、あなたが落下させられるということだ。

誰だって、冷静に考えればわかることだ、高みに向かっている人は、低みから追い風を受けていないと構造的におかしい、高みから追い風を受けているのだとしたら、そりゃ自分は低みに向かっているんだ、だから「受け身」は怖い。
受け身の人は、もちろん高みにあるものを選び、そこからわざわざ「受け身」に風を捉えるのだから、自分を低みに追い落としていることになる、だから「受け身」というのは怖い/よくよく考えりゃ僕自身は、自分より高みにある人に対して、受け身になんかなったことはないな、そのときに受け身になるという感覚が、僕には正直よくわからないのだった。

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