☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
<< 力と光の等価性2 | TOP | 飲みましょう!! >>
目指すのは、「ギンギン」ではなく「スカスカ」

憩を取りたい、というより、休憩を「取らねばならない」と感じているのだが、「あとこれだけ済ませてから……」とやり始めると、けっきょく休憩なんか取れなくて、ふと気づくと昏睡している/そして目が覚めると、「休憩を取らねばならない」とマジメに考えさせられる。
ううーむ、いつも、鼻歌まじりにやっているつもりなのだが、何か目に見えない部分で、デカいことにはデカい負担があるようだ、光と力のトリニティのあたり、フンフーンと考えながら書き話していても、それは表面的なことであって、内部的にはもっと別のことがあるらしい、あっというまに何かを使い果たしてしまう。
確かに、学門として取り扱う以上、本当の仕組みへさっさと到達せねばならないのだが、その到達へ切り込むときの、一種の精神的なエネルギーだろうか、このエネルギーが、僕の自覚のないところで桁外れに使い果たされているのかもしれない、外見上は僕など、ヒマそうの余裕そうに見えているはずだが……
「愛」といって、そのストリームは、上下方向によって異なる形態(光・力)を取るというのは、きっとフンフーンと言いながら、何かとんでもない発見であり、到達なのだろう、何しろこれですべてのことの説明がつくからな/ひょっとすると、あなたから僕を見たとき、僕から光を感じるかもしれないが、僕自身の感覚はそうではないのだ、僕は光についていくために、力を尽くしている、僕はいつも力を使い果たしてフラフラであり、フラフラにならずに眠る日なんて一日もない。

「力」といって、もちろん筋力を単純に振り回すわけではないが、じゃあ「力を尽くす」いえばどういうことかというと、「命がけ」ということになる、「命がけ」とは何かというと、スプーンぐらい念力で曲げたるわという、ムチャクチャなことこそが「命がけ」であって……もしこれを「祈り」というのならば、<<祈りとは実にパワフルなものだ>>、メルヘンチックな気分に浸ったり脱力して縋ることは祈りでも何でもない。
スプーンぐらい念力で曲げたるわというアホの気概と、クソ重たい神輿をセイヤセイヤと「奉納したるわ」という力の使い尽くし、それが祈りなのであって、祈りとはパワフルなものだ、祈り自体が聖なるものではない、おそらくこの「祈り」=「聖なるもの」というイメージがよくないのだ/祈りを捧げるということは、己の(精神)力を捧げるということであって、パワフルなものだ、これを逆に捉えているから、祈る先が自動的に切り替わってしまい、よろしくないものに帰依したナゾの結果が現れてしまうことになる。
祈りが聖なるものというのは、天皇陛下や神父さんがわれわれ愚民のために祈ってくれたとか、あるいは神そのものが地の民を祈ってくれているとか、そういう「上から下へ」の場合が「聖なる祈り with 光」なのであって、われわれの側はそんなご身分にない、われわれの祈りは下から上へ、「合金スプーンもおれっちの念力で曲げるぜ」というようなアホナイスの精神力だ、気力と体力と精神力の奉納が祈りだ。
僕は休憩を必要としているのだが、一息つくと、つい「ンンンンそれどころじゃないンンンン」というエネルギーが湧いてきてしまう/実際毎日のことだが、目の前に白紙の原稿用紙がどっさりあったらどうするの、聖なる光とか祈りとか、そんなフワフワした幻想は何のアテにもならない、「うおおおお〜」と命がけだ、それ以外に方法はないし、しかもその命がけの精神力が何かに奉納されないとハズレだという、構造がシビアなのだ。

精神力を高めるのではなく、精神力をスッカラカンに使い果たせ。

最近はあちこちで「瞑想」が流行っているそうだが、その方法は何も悪くないにしても、瞑想に「ハマる」というような発想は、僕としてはおすすめできない、自分を高みに押し上げるというようなウサンクサイ発想はやめろ、<<他人から見て光が見えることが重要であって、自分からフワフワ光が見えているのは確実にハズレだ>>、当人は「うおおおお〜」と命がけで、当人にはそれしか見えていないが、他人から見ると光が見えているということ、天上の光に到達するためには、時速十万キロに到達するロケットエンジンが必要なのだ、その燃料がスッカラカンに使い果たされたとき、ようやくロケットは重力圏を離れている、ロケットの一心は「命がけ」に尽きるだろう。
具体的に、「コイツの精神力は何なんだ」と、周囲をドン引きさせるぐらいでないとダメなのだが、ここで多くの人が、エセパワフルで自分を取り繕うために、ヨソからそういう力を借りてきたりする、それがとてもよくないことだ/自分が力を借りてくるのではなく、自分が力を使い果たすということだ、<<自分がギンギンになるのはインチキさん、自分がスカスカになるまでやれないのだろう?>>、現代人は自分がギンギンになることが「パワフル」だと思っているが、その発想は構造上必ず闇のほうに落ちていってしまう、目指すのはギンギンではなくスカスカです。

正しく見ないとな | comments(0) |
コメント
コメントする










| /PAGES |