☆いい女☆で行こう!

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ネット・カルマ・レバレッジ

態をついたり、人の陰口を言ったり、大切なものを罵ったり、揶揄・侮辱したり、曲学を嘯いて人に吹きこんだりすると、たいていロクなことにならない。
バレなきゃダイジョーブ、ということは確かにあるのだが、たとえ匿名であったり相手にバレなかったとしても、自分の口には悪口を言ったという履歴が残ってしまう、筋トレをした腕には熱と筋肉痛と筋力増加が残るように、悪口を言えばやっぱり口には何かが残るのだ、何かしら身が汚らしくなり、重くなる/この現象を古代の人々は業(カルマ)と呼んだ。
デカい「やらかし」をするほど、業(カルマ)もデカくなるのは当たり前だが、そこで現代、われわれの状況を考えねばならない、われわれは通信端末を手に入れ、Web上・SNS上にどんな軽口でも放りこめる環境を与えられている/われわれの「発信力」は格段に上昇し、どんな軽口も即座に・多数に・明瞭に、発信して伝達できるようになってしまった、このことがどうもわれわれの業(カルマ)状況にも影響を与えているようなのだ。
単純に言うと、われわれの口がやらかす、悪口や讒言、中傷や誹謗が、通信端末の発信力によってレバレッジされるという状況があるのだ、発信力の増大はナイスなのだが、そのぶん業(カルマ)の発生速度も激増しているじゃんという話/裏アカウントだしバレなきゃダイジョーブというのは、間違いないのだが、それで自分のやったことが消えるわけではない、自分のやったことはちゃんと自分の身に残っているもので、そんなものを若いうちに何十倍・何百倍・何千倍もレバレッジかけてダイジョーブなのかよという、これはリアルな話なのだった。

レバレッジというのはあれだ、検索してもらうのが一番だが、簡単に金融的に言うと、十万円の元手で二百万円の取引をするというような方法だ、実際にある金融商品で、ハイ・レバレッジをかけて取引をしているのは、ハイリスクハイリターンであり、多くの人は「やけくそ」「中毒」でやるようなことでもある/貧乏人が短期間に数億も稼ぎ、絶頂しているところ、翌日にはスッカラカンどころから借金まみれになって自殺するようなケースは、多くこのハイ・レバレッジが原因だ、負担できる範囲の何十倍もかけてギャンブルしているのだからどうしてもそうなる。
そして、業(カルマ)というのはアレだ、逆に考えるとわかりやすいが、誰だって人生を振り返って、「あのときわたしは、われながらまともな、徳のあることをしたんだよな」と確信できることがあると、そのことを支えに、自分を認めて生きていけるじゃないか、そのおかげで少しは身を軽くして生きてゆけるということ/じゃあやっぱり、逆もあるのだ、「あのときわたしは、とんでもないことをしたし、とんでもないことを言ったからな」ということを、人は自分で覚えているもので、これが償却されないかぎり、人は身軽には生きていけないのだ、前向きに生きて何かをよろこぼうと思っても、「でも……」とずっと足を引っ張られてしまう、それは徳行の反対なのだからしょうがない、<<業(カルマ)は、たとえ自覚がなくても、関係なしにきっちり「身」に積み重なるものだ>>、その点はいっそ摩訶不思議とさえ言いたくなるところがある、原因を自覚はできないのにこころの内の黒さだけが拡大していくというキョーフの状態が実際に起こる。
現代のネット環境・発信力倍増環境で、日々の気分のままに、悪態をつくようなツイートをすると、そのツイートを何百人もが目撃することになり、当人はそのことを意識せず、また記憶から次々失っていったとしても、「身」にはちゃんと残っているのだ、何百人もの手元に悪意の何かを届けたということが、業(カルマ)になって身に残っている/本人は、そこまでのことをしている自覚はないだけに、自分の身が重く・汚らしくなっていっても、「なぜ?」ということはまったくわからないのだ、こんなおそろしい状況があるだろうか。
冷静に考えて、たとえば自分が気分のままに思いついた悪態や悪口を、何百枚もの紙に書き、それを無作為に誰かの家にポスティングしていったとして、そんなことが業(カルマ)にならないわけがないじゃないか、フツーに考えて超絶コワイ行状だ/むろん憲法に言論の自由は保障されているし、本人はただ現代風に「ツイートしただけ」と思っているだろうが、それでまったく誰からも責められないにせよ、「身」に積もるカルマは、ちゃんと相場どおりに積もるのだ、カルマの発生源を身口意(しん・く・い)というが、これのレバレッジ装置をふんだんに活用して毎日を送るというのは、本当にダイジョーブなのか、ツイートしたりどこぞの掲示板やレビュー欄に書きこみしたりすると「スッキリする」のはわかるが、そんなに安易に「スッキリ」が手に入るということ自体はヤバくないのか、ふつう「一口でスッキリする薬品です」なんて警戒するだろ。

ハイ・レバレッジは、多くの人が「やけくそ」「中毒」でやるものだ。

ツイートや書き込みは、手軽に「スッキリ」を得られる方法かもしれないが、結果的にどうなったかというと、現代人は明らかにスッキリしていないわけで、疫学的にはむしろ逆、身がどんより重く、汚らしくなるということに、環境は作用しているはずだ、発信力倍増装置としてのインターネットは、当たり前だがわれわれに徳行を積ませるナイスアイテムには、主流としてはならなかった。
重要なことは、われわれはネット上に無数の「ひどい」ツイートや書き込みを目撃するのに、その「ひどい」ツイートや書き込みを、「わたしがやっています」とは誰も名乗らないことだ、だからどういう発信をした人がどういう身の様態になるかの、データが集まらない/もし身の様態とネット発信内容の相関を可視化できたら、若年層の多くは「ゲッ、これはやめよう」と思いとどまるのではなかろうか、もしリアルに声が汚く・暗くなるということなら、さすがにそれを引き替えにしてまでネット上に悪口なんかまき散らさないだろう(中年以降は、もうやけくそで引き返さないかもしれないが)。

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