☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
<< 「業務」と「仕事」の違い | TOP | スゴイ人になる方法 >>
「業務」と「仕事」の違い2

は、じっくり見ると、「業務」と「仕事」は関係がない。
なぜかというと、業務というのは「業」のものであって、はっきりと観測可能なことしか「業務」にはできないからだ。
たとえば料理人は、メニューに書かれているとおりの料理を、客に提供するのが業務だが、その料理の中に「季節を感じさせる」というようなことは、業務に組み込めない、なぜなら客がそこに「季節を感じているかどうか」などは、観測のしようがないからだ/せいぜいアンケートを取るぐらいしかないが、そんなことのアンケートなんてアテになるわけがない、またアンケートにどう書かれても、季節を感じさせるというような「方法」がない。
だから、いかなる腕前の料理人も、あくまで業務としては「飲食業」になる、「料理に季節を感じさせる業」なんて観測不能な業務はない/こうしてじっくり見ていくと、飲食業という「業務」と、料理人という「仕事」は、実は無関係だということがわかる。

Aさんが、50人分の食事を、30分で運搬しなくてはならないというとき、厳密にそれを「業務」として見るのならば、その業務については「高速運搬ロボット」が最強だ、もちろん「業務」も重要だから、従業員は具体的にその能力も身体に養わねばならない。
だが、冷静に考えれば当たり前のことだが、その食事を提供される50人の側から見れば、「いつものAさんが運んできてくれる」という環境と、「いつもの高速運搬ロボットが運んでくる」という環境では、住んでいる世界が違うはずだ、前者の世界では食事の運搬をAさんが「手がけている」のであり、後者の世界では誰も「手がけて」はいない/もしこの差分が不要だという人は、卒業証書の授与も授与マシーンがやればいいと主張していることになる、まあ中にはそういう極端な世界観を言いたがる人もいるのかもしれない。
数学的に純粋化して、「業務」だけを抽出すれば、「業務」とは極言するところ、「人間がロボットの代わりをしている」とも言える、人類がまだそんな便利なロボットを発明していないから、人間が代行しているだけで/実際、優秀で低コストの機械が発明された分野においては、業務はどんどん機械化されていく、だがどこまでいっても、機械やロボットがそれを「手がける」ということはありえない、どれだけ将棋の強いAIがいても、AIは演算しているだけで一切「対局」などしていない。
こうして考えていくと、けっきょく「業務」と「仕事」の違いは、「業務」が機械化も可能な、 "はっきりと観測可能なこと" に限定されるのに対し、「仕事」は "はっきりと観測はできないこと" に収束するのだ、その違いはやはり根本のところ、仕事が「わたしのすること」に起因しているから生じている/「こうしなさい」という務めのすべてはやがて機械化できるだろう、観測可能なすべてはやがて機械化できるはずだ。

機械とは永遠に「握手」できないが、Aさんとは「握手」ができる。

われわれは「握手」という、わけのわからないことを当たり前にする、わけがわからないというのは「観測不能」ということだ、握手したからといって何がどうなるというわけでも――観測上は――ない、だからAさんが手掛けてくれたメシを食べたとしても、観測上は何もないだろう/厳密に、業務のみでなく仕事に長けるということは、<<握手にあるナゾの力に長けるということだ>>、<<観測不能の力に長けるということだ>>、それは厳密には「力」ではないが、グダグダ言わずに長けてしまえばいい、長けてしまえばそんなことに文句を言うヒマ人はいない。
われわれが、業務と仕事に長けようとするとき、大前提は、業務を仕事の言い訳にしないこと、および、仕事を業務の言い訳に、なるべくしないことだろう/業務のこなしはわれわれの、生きていく者としての問題だ、個人的な問題じゃない、一方で仕事のこなしは、われわれの問題じゃない、お前の問題だ、お前の「すること」なのだから、この二つをごちゃまぜにしないことだ。

正しく見ないとな | comments(0) |
コメント
コメントする










| /PAGES |