☆いい女☆で行こう!

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人の愛なんか要らない2
ークショップ等を通じて、やれ魂魄だの、気魄だの霊魂だのと教えている。
そこで教えていることは、間違いではないし、とっても大切なことで、必要なことなのだが、ゴールなどでは決してない。
たとえば霊魂うんぬんというと、何か奥の院を覗いている気にさせられるが、そんなことはないのだ、冷静に考えて、霊魂うんぬんの話は、本丸の二段階ぐらい手前の、イージーで容易でわかりやすい話をしている、それはしょうがないのだ、「わかる」という領域をはみだすものをどうやって「教える」ことができるものか/「教える」という形態にそもそもの限界がある、それはしょうがない。
最近は、悪霊がどうこう、という話を、わかりやすいかなと思ってお伝えしているが、実は本当のところを言えば、より本丸をかすめるぐらいに手が届けば、もう人は互いの霊魂になんか接触しなくなるのだ、霊魂に接触しないので、別に悪霊だろうが何だろうが「知らんし、知る必要がない」ということになるのだ/悪霊なんて、あくまで「人」レベルで考えたときに問題になるだけだからね。

人にとって、知識がないという状態は、リスクであるとともに、チャンスなのだ。
だから誰しも、子供のときはチャンスだったのだが、今はマスメディアおよび通信端末が、幼いうちにも大量の「知識」を与えるようになったため、人々はチャンスを失ってしまった。
人はアタリを掴むことなどできないのだ、掴めるのはハズレだけだ、そして子供というのは、まだ何も掴んでいないので、アタリとハズレ、どちらにも触れるチャンスがあった/人は知識を得ることで、森の中の毒キノコを拾い食いしなくなるのだが、そうしてわけのわからないものは食わなくなるぶん、わけのわからないものを食うことがなくなってしまう。
自分が知っているものをディールするのは簡単なことだが、ここで数学的な疑問が提出される、つまりわれわれは、自分の知らないものをディールできてしまうかもしれないという可能性だ、ナンノコッチャということになるのだが、ナンノコッチャに意味が「ない」とは、本当はわれわれは断定できないのだ、このことに自己が接続すると、確かに何かがズバンと爆発する心地がある。

霊的なことうんぬんは、必要で必須で有為なことだが、本当には、レベルが低すぎて、それだけでは使い物にならない。

だが、そういう基礎も、ちゃんとやっておかないと、本丸との接触は、僕でさえ数秒で「身がもたない」と感じるのだから、基礎に何の訓練もない人は無理だ、「わたしはいけます!」と奮い立つ人は、例によって悪い力を借りようとしている気配がミエミエなので、そういうことじゃない/これはもう「能力」とかいう次元のことではないのだ。
言ってみれば、これは能力という次元ではないどころか、超能力という次元でさえないのだ、超能力とかレベル低すぎてダサーイだ、そうして「能力」なんぞにこだわっているようでは話にならない/これはあなたをゲッと言わせるためのものではない、僕自身がゲッと言わされる側なのだ、身を投げ込むというのはそういうことだから……うーん能力開発とか気色悪いことを言っているようではダメだね、おれは自分のことをスゴイと思ったことはこれまでに一度もない、だっていつもそういうことの話ではないからな(たとえばどんな読書家でも世界中のすべての図書館が一斉に襲い掛かってきたらどうしようもない、そんなもの数秒も「身がもたない」に決まっているじゃないか)。
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