☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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何かを、誰かを、「守った」ことがあるか
があるかないか、オトナかコドモかということは、簡単に判別する手段がある。
それは、「何かを守っているか」「何かを守ってきたか」を確認することだ/もちろん自分以外の「何か」をだ。
コドモの人は、自分以外の何かを守ったことがない、コドモというのはそういうものだ、コドモというのは「守られる存在」だから/コドモのまま生きている人は、どうしても自分が常に「守られる」側の感覚でおり、自分を守ってくれる存在「だけ」を認めるものだ、コドモのうちにこの変更は決して利かない。
たとえば、衛兵や近衛兵は、「ボスを守る」兵隊だが、ここで衛兵がコドモだった場合、衛兵はボスが「守ってくれる」という発想でいるのだ、たとえば衛兵が「敵から天皇陛下を守る」のではなく、「天皇陛下が敵からボクを守ってくれる」と信じている、「その意味においてなら、わたし、天皇陛下だって認めます」という文脈が背後にある、これはコドモにおいてはしょうがないのだ、コドモはボスに(たいてい家父長に)「守られる」存在であって、コドモの側に「ボスを守る」という発想はない。

コドモは守られる側であって、コドモに自分以外の何かを「守る」という発想はないし、またコドモのうちにそういう能力は決して身につかない、コドモにできることは唯一「暴れる」ということであって、自分で「キレたら何するかわからない」と感じたり吹聴したりしている人は、自分の性能がコドモだということを自ら表明していると言える/コドモはいわゆる「かんしゃくを起こす」ことで「暴れる」という能力しか持たないものだ。
その点で、現代の恋あいを考えると、いかにも初手が潰されているのがわかる、まず女性が男性の尊厳を守るということは発想に遠すぎるし、男性が女性の尊厳を守るというのも、どうしても多くがただのご機嫌取りというところがある/みな、このご時世に、セルフディフェンスの発想を持ってはいるのだが、自分以外の誰か・何かを「守る」という発想はない、また多くの場合そういうレベルの能力を養うべきしかるべき機会をあまりにも失いすぎてしまった。
現代、多くの人は「正義」に異様に敏感で、またその付属に「救済」の思想も強く持っているのだが、これらはどちらかというと、自分が「幼稚で俗悪」に与するとは考えたくないがゆえに、補償的に成り上がってきた思想だと言える/誰かを・何かを「守ってきた」という愛と誇りからあまりにも縁遠いために、自己肯定感の根拠を「正義」に接続しようとしている具合だ、だから現代の「正義」はことごとく「愛」から遠ざかった硬直のひどいハリボテに感じられる。
それでも一部、「正義」は、有効に機能するところもあるのだが、それにしても当人の「愛」のなさおよび「オトナ」でなさは、解決しない、現代で何かを「守る」ということをやろうとすると、天稟はもう潰されてしまっているので、まるでアイドルを守る気分に増長する「親衛隊」みたいになってしまう、それはいかにもコドモがする発想で、構造上しょうがないのだ/今や、両親が我が子を守るのだって、「守らなきゃ」というロール・プレイの向きが多くみられる、それでモンスターペアレントのような存在が増えた、幼児性の自己中心性が精神の骨格を為しているので、「守る」といっても自己陶酔的にその気分に浸るしかできないのだ、それがコドモということだからしょうがない、オトナになれなかったというのはそれぐらいツライことなのだ。

聖なる力で、何かを守れるのではなく、何かを守ろうとした者が、聖なる力を帯びるのだ。

聖なる力というのは、だいたいバリアー的にはたらくものだが、聖なる力で何かを守るというわけではない(ふざけんな)/何かを守ろうとしたとき、「なぜか」自分以外の力がはたらいて助けてくれるところがあるということが、経験的に知られてきたというだけだ、オトナというのはこの聖なる力をわずかでも帯びている人のことをいい、単に年齢や、世間知や、スレて老け込んでいることをオトナとは言わない、コドモはオトナにならずある時点で一気にただの老人になる、その場合はもちろんコドモの精神のまま臓腑と神経だけが老人になる(しょうがない)。
しばしば「少年のようなこころ」が賛美されることがあるが、これは古い物語や言い伝えによると、ときに少年が最も純粋に何かを「守る」という天稟を見せることがあるからだ、単に幼児性のままプラモデルにはしゃぐことを賛美しているわけではない、少年を愛玩物に見立てている人は何か貧しい世界から現実逃避をしているのだろう/今、自分が何かを「守る」という発想は最も遠く、自分は「守られて当然」という感覚のまま、しかし誰も守ってくれないので、膨大な憎悪が生産されるという構造が続いている。
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