☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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何かを、誰かを、「守った」ことがあるか2
、こんな話をしているのは、別に教訓を垂れたいからではなく、僕自身、さすがに力量の限界を感じているからだ。
力量の限界などという、腐って死にそうな発想は持ちたくないのだが、少なくとも今現在の僕では、力量に限界がある、何かを突破して次のステージに至らないと、このままではまったく足りないのだ。
今も諸事情あって、戦いの中にいるような具合なのだが、何かを守るために使う「力」が、さすがに枯渇しているのを実感する、明らかに「使いすぎ」なのだ、こんなにしょっちゅう昏睡していられない、次のステージというか次のレベルは、どういうふうになりうるのか、早く見えてきてほしいと、余裕もなく切望している状況だ。
僕は、いい歳をした男性なので、目の前の誰かについて、いつも基本的に「守る」という構造でいる、そりゃそう決め打ちしていないともう対応できない状況だし、実際ありとあらゆる瞬間にすぐ僕が「矢面」に立つところを、多くの人は目撃してきたはずだ、そういうことがずっと先の参考資料として役立てばいい/それは構わないのだが、さすがに力が要る、こんなことは不可能なので、またこれが可能になるためには大きな突破を果たさねばならない。

僕は今のところ、これで構わないのだが、さすがに教育として言っておかねばならない/僕を先生呼ばわりする人は、別に構わないのだが、今のところ僕がすべての人を守っているような形なので、これを信じてはいけない、ふつう逆で、弟子が先生を守るものだ、このことが逆転しないかぎり、本当のことが身につくことはどうしてもない、今はまだしょうがないし、おれに対してはどうでもいいが、このことはどうかまともな知識として持っておくように、板垣退助が最前線で剣を振るいまくっていたら「板垣先生」は狂人になってしまう。
このところ、率直にいえば、僕からナゾの聖なる力を目撃して、ゲラゲラ笑ったことがシャレじゃなく大量にあったと思うが、それは僕がみんなを「守っている」からであって、その部分については笑っている場合ではない、合理的に考えるのだ/僕に聖なる力をパワーアップさせてもしょうがない、みんなが身につけなきゃいかんのだ、僕のパワーアップ大会になるのは構わないが、たぶん守られているという自覚はないのだと思う、それがないままずっといくのはまずい、どこかの先で気づいて、次の機会には自分が守る側に立つように、そうでないと何も修められない。
僕はそれなりに、まじめにやっているつもりでもあるのだが、これ以上「守る」となると、どうやって……? と、正直なところ少し不思議になる、もう僕にはほとんどまともな感情は残っていないのだが、それにしてもこの先というのには見当がつかない、どこかがきっと根本的に甘いのだろうが、どこを償却すればいいのか、まだ正直なところ確信はない(いくつか心当たりはある)。
僕が次のステージに、行けるとして、その前に、忘れないうちに、伝えておかないといけないと思った/守られている自覚がないとか、何かを・誰かを「守る」という発想がいつまでもゼロとか、それでは何にもならないからね、「守る」という発想がないのは、謙虚なふりをして、自分の愚かさを隠しているからだ、ウーン今説明している時間がないな、まあそんなことはいいや、とにかく何かを守る側に立たないかぎり、聖なる力を帯びることなんてないし、オトナになるということも決して起こらない。

光に、焦がれるのではなく、もう光ぐらいなきゃムリという実情で、ちょっと光が宿り始める。

何事も、そんなフワフワしたものではないのだ、哲学的とかスピリチュアルとか、そんな眠たいことをやっていて人が覚醒するわけがないのだから/うーんもう、人を見ている余裕はない、人なんか見るのをやめて、光しか見ないようにしないと、単純な力量不足の壁を突破できない、人を見ていたらどうしても無限には到達できない。
「もういい」がヒントになる、おれ自身へのヒントにしかならないが、「もういい」だ、識業を離れられるかどうかという、問答ではなく、識業に対しては「もういい」と、だってもう間に合わねーんだもん、識業がどうなのかは全部が済んだあとでゆっくり考えるよ、こんなひどい修行とか求道ってあったものかね、求道っておれは別に道を求めているわけでもないのに、なんなんだこりゃ。
できるオンナだね | comments(0) |
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