☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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すべての夢のつながりを
んなもん、もはやただのメモ書きでしかないが……
すべては夢のつながりであった、自分のすべての行為が、<<感受性を覗くすべての体験が>>、「分かる・分割する」という力の現象でない、つまり「分からない・つながっている」という現象が、何につながれて一つであるかといえば、それは一つの夢だった/夢に分裂はないのだ。
夢に分裂がないからこそ、意識と夢が混濁すると、かつてそれは「精神分裂病」と呼ばれた、今、逆のことが起こっている/つまり、意識に夢が混入する症状ではなく、夢に意識が混入する症状だ、これは社会生活を困難にしないので、病気には認められないだろうが、れっきとした一つの症状だ、夢が夢でなくなってしまうという症状、これは意識が意識でなくなってしまうという分裂病の代償のように起こっている。
気をしっかり持たねばならない、夢は夢、意識は意識だ/これは何も、いわゆる明晰夢が危険だと言っているのではない、明晰夢は正しく夢を体験できている、明晰夢は夢の中に意識が共存するということで、正常だ、これは意識の中に夢が共存するということと同様に正常だ。

ステルス型の逆分裂病が起こっているということだが、これはまずいことだとしても、今僕にそのことを論じている余裕はない、だいいち論じたところでどうにもならない/気を確かに持つしかない、夢は夢、意識は意識だ、それはただのいつもの「当たり前」のことだ。
論じている余裕はなくて、ただ、すべての夢のつながりだ、僕は生きてきたのだから、そして今も生きているのだから、生存、このことを分割しようとする力と感受性の勢力に邪魔されないよう……感受性は「受け身」だから、力には自発性・能動性がないことがわかる、力はモチベートされてドライブされることでしか発動しない、そしてその力は必ずやさしさを持たない。
すべての夢のつながりを……僕はずっと、人のやさしさに、驚かされることをよろこんで、それのみに生きてきた、必ずそこにだけ犯しがたい光があった、それは感受性では決して補えない自発と能動の光だ、僕は今も不意にやさしくされることに驚き、そのことだけを肯定して生存している。
それがすべての、僕の夢のつながりだ、このことから一歩も出ることはなかった、僕は生きてきたし、今もまだ生きている、生存、すべての夢の一つのつながり、これは僕が生きる世界の万物の一つのつながりだった。

ヘーイ、ミスター・タンブリン・マン。

あの歌は何を唄っていたのだろう、知らないが、これから先に知ることになるだろうか、どうせ一つのことだ、とはいえこういうことを見落としていると、本当に僕は進めない、<<一つの夢のつながりから外れているものは本当に僕にとって存在していない>>、それは残酷なことではなくて、何か未知の手続きなのだろう。
感受性というものが、まさかこうまで悪辣とはな/すべての人の瞳の奥に、緑色にゆらめく未知の光を、産み出す力はもとより産み出されているのであって、産み出すという力の行為があるわけではない。
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