☆いい女☆で行こう!

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命を連れて帰ってくる

んとか、危地は脱した、おかげさまですっかり陽気になった(余裕はない)。
それにしても、やはり、こんなところまで至らねばならないのか。
忘れないようにメモしておくと(どうせ忘れるが)、やはり、自分がどこにいるのかという場所の認識、日時の認識、その他すべての認識が消し飛んでしまう、「ん!? ここどこだっけ!?」という状態が、冗談でなく三十秒ぐらい続く、これぐらいまで至らないとやはり本当の意味でフィクションには接続できないらしい。
そして、びっくりすることには、そうして行方不明になったあと、帰ってきて、それではじめて、今自分のいる場所が「場所」になるのだ、このことが為されるまでは、すべてはフワッフワしており、場所なんてものは存在していない、そのかわり場所が獲得されると場所というのは怖いぐらい「場所」だ。

すごいことが起こるものだな、何かに命が吹き込まれ、そのぶん、認識という認識は吹き飛んでしまい、帰ってくると、命を連れて戻ってくる感じだ、こんなことを常時やれというのは、さすがに僕でもオイオイとツッコミたくなってしまう。
「命」という現象が、本当にあるのだろう、そんなもの本来は連発しなくていい類のものだと思うが/そして命の何たるかは、危地の中で発信したとおり、先ほどまで吼えていたことが正しい、「やさしさ」だ、それは永であり遠であり、外国語のような雲だ、やさしさはトリッキーにしか実現されない、「分かる」は表面的なフェイクにすぎない、「分かる」ものはどうしたってやさしさは持たない。
命というのは、クラウド状のものであって、すべて一つにつながった「夢」だ、それにしてもこんなことが起こるのか、すごいことが起こるものだなと、ちょっと呆然とさせられている、ひとまず今回はなんとかなったが、これって毎回、こんな手ごわさで立ち向かわねばならないのか、考えると気が遠くなってくるな。
僕が驚いているのは、命を「連れて帰ってくる」というところだ、こうして自分の生きた「場所」が得られてくるのだろうが、理屈はそうでも、まるで物理的に空間に作用しているかのごとくなので驚かされる、しかもそのトリガーはやはり「やさしさ」なのだが、単なるやさしさ思想でこのやさしさに到達できるわけではない、方法や原理についてはまだ完全にうまく言うことはできない、ただ命を連れて帰ってくるのだから、当然ながら帰ってくると、行く前より世界がガッツリ増えている(びっくり)。

小説は、百本同時に書けないと、書けているとは言わない。

技術や感性の問題ではなく、命の雲を直接ディールする能力だからだ、それがディールできるとき、一本だろうが百本だろうが、変わりはない、どれも同じ一つの夢だ。
夢と、いわゆる現実が、どう相互に干渉しているかというテーマがあるが、それに関しては、夢の実力と現実の実力は違うということを記しておきたい、現実ではいろいろごまかせるが、夢ではリアルだ、夢の中で愛せるものは厳しく、本当に愛せるものしか夢の中では愛せない、だから現実での実力を増大させても夢の中では通用しない、夢の中での実力を増さねばならないのだ(もちろん僕以外の人にはこんな話ナンノコッチャ意味がわからない)。

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