☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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競争原理に仕込まれた「横一列」という罠
、大阪に出張中で、ふだんと文化環境が違うので、いろいろ考えさせられるのだが、決定的なことがわかった。
「競争」「競わせて・争わせる」ということが、見積もっていたよりはるかに深く人々の心身にダメージを与えるということなのだが、この「競争」が持ち込んだものに、致命的な大前提があるのだ。
それは、「競争」をさせるからには、まず全員を「横一列」に並べなくてはならないということだ、このことが人々をバラバラに砕いてしまう。
「横一列」ということは、人々が互いに「供与」をできなくするシステムなのだ、横一列が隣から隣へ、何かを差し出したりしてしまうと、横一列ではなくなってしまう/「平等」という理想はおそろしい矛盾をはらんでいたのだ、平等という理想は人々の本質的な幸福をすべて犠牲にしてしか成り立たないものだった。

「横一列」というのは、たとえるなら、根と茎と葉と果実を、バラバラにして横一列に並べるというようなことだ、そんなことをしたらすべて一列のまま萎れていくに決まっている。
そうではなかったのだ、根は茎を支え、茎は葉を支えているように見えるが、葉は根に呼吸を送り込んでいるし、茎だって根に連絡をつないでいるのだ、この関係を「平等」にしようとして、根を土から引っ張り出し、葉を地に落としたら、それは植物全体が滅ぶということなのだ、そんなところには根の幸福も葉の幸福もない。
この世界に、「供与」することなく生きることを考えてはならない、そんなことは許されないからだ、「上」というのは「上から下へ供与する」ということであって、「下」というのは「下から上へ供与する」ということだ、これを「横一列」にすると、互いに「供与」ということが起こらなくなる/競争原理の背後にはこの「横一列」という罠があった。
今日も日本中で、パチンコ屋は大盛況だろうが、パチンコ屋に突っ込んでいる人は、自分の「供与」する先を閉ざされてしまったので、その供与先がパチンコ屋になったのだ、パチンコが「楽しい」のはわかるが、本来その人には、もっと楽しいことがあった、彼には本来、横一列の平等よりもっと幸福な世界がありえたのだ。

「上」でありたい人は、「下」へガンガン供与すること。

上下関係というのは本来、主人と奴隷のような支配・被支配の関係を指すのではない、学者男と飯炊き女は、互いに豊かに供与しあっていたのだ、この学者男と飯炊き女を横一列に並べると、学者男はストレス解消にパチンコ屋にいき、飯炊き女は退屈しのぎにパチンコ屋に行ってしまう/それを「平等だから幸福でしょ?」と言い張るのか。
現在、ストレスと寂しさから、さまざまなものへの「課金」的遊興が隆盛しているが、それが「楽しい」といって、それはフェイクなのだ、なぜなら本来の供与関係の只中にあれたら、そもそものストレスと寂しさがなかったのだから/上下というのは優劣ではなく、ただつながりであって、つながりはそれだけで楽しく、自分の生の値打ちでありえた、このことを恢復しようとして現在、クラウドファンディングのようなやり方が流行しているが、こんなもの不自然に決まっている、これでは誰とのつながりの中で生きたのかが一切与えられないまま生きてしまうことになる。
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