☆いい女☆で行こう!

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合理的に見て有利な「愛」

事情あって、フラッフラだが、なんとか二分前に終わらせた、二分前ってギリギリにもほどがあるだろ……カップラーメン作っているわけじゃねーんだから。
さて、大阪出張中だが、どうにもこうにも、悪霊とのバトルが多すぎる、いいかげんみんな悪霊の怖さを知れよと思うのだが、まあこんなテキトーな話をしていてもしょうがないのだった/さしあたり、悪霊はホントに怖いよ、ということだけ申し上げておきたい、人の一生なんかあっという間に食い尽くしてしまうんだろうな。
重要なことは、「自分だけは助かろう」という発想、この発想がまずいということだ、この発想は典型的な「悪魔の思うツボ」なのだ、理屈ではなく暗記として知っておいたらいい、どうしてもアカン人を除いては、全員が助かるという発想を基本にすること(今、細かく説明できる余力がおれにない)。
「自分だけは助かろう」という発想は、一見有利に見える、だがそれは悪霊がそう見せているのであって、よくよく見ればアホだ、「自分だけは助かろう」という発想は、他人との連帯・紐帯を放棄しているのだから、有利・不利で見たら、不利に決まっている、自分だけは助かろうとしている兵隊たちの軍なんてあっさり踏みつぶせてしまうだろうな。

「愛」は、実は「有利」なのだが、そうはいっても、実物を見るまでそんなことは想像できない。
極端な話、人は生涯で十万食をたべ、それ以上は食えないのだから、一食ごと十万人に「食え食え」と愛されたら、その人は生涯死なないのだ、愛の有無が有利不利でどちらかというと、愛があるほうが有利に決まっている。
にもかかわらず、まあ、言ってもしゃーないのだが、憎んでいる上司の代理で残業するのと、愛すべき上司の代理で残業するのとでは、なぜか同じ残業なのに、前者はブラックになり、後者はロマンになるじゃないか、だから前者はその後ストレス発散にコストが掛かることになり、後者は残業そのものが「やりとげたぞ」という発散になる、同じ残業といっても、そりゃイライラ残業とニコニコ残業があるに決まっている/愛の有無が、きっと軽視されすぎなのだ、ちょっとマジメに考えようと僕は思った(今は考える余力が残っていない)。
「自分だけ助かろうとする」というのが、悪霊の思うツボであるのに対し、「基本、全員で助からんとあかんやろ!」と言い放つ者には、やはり逆の、ナゾのバックアップも掛かるのだ、そのことまで含めて体験して、本当に有利なのはどっちよということを、合理的に判断しないといけない/自分だけ助かろうとしている奴が、料理人だったとして、そいつの作るメシをずーっと食べに行こうと思うか? あなたを助けるつもりはまったく含まれていない彼のメシを?

あなたは、愛を守るか、愛を殺すか、どちらかを自動的に選んでいる。

そういうシステムなのだ、しょうがない、愛の実物に触れたとき、人はそれを守るか、殺すか、どちらかを自動的に選んでしまうのだ、そして自動的に、選んだほうの行為をしてしまっているのだ、気づかないだけで/そしてその行為のたびに、悪霊にグッと接近したり、聖霊にグッと庇護されたり、しているのだ、別に神秘的なものではなく、そのたびごとに身の機能が変わってしまうということなのだ、いい声になったりイヤな声になったり、楽しくなったりカッとなったりする、そして最終的にたどりつく本気悪霊バトルというのは、すさまじく、目を覆いたくなるほど酸鼻を極める、実物を見たらさすがにコワイよ、最後は自分の生きてきたことのすべてを否定しながら死ななくてはならなくなる。
愛を守るか殺すか、どちらかを自動的に選ぶのだとしたら、せっかくなら有利なほうを選ぶべきだ/パチンコや競馬やキャバクラ遊びが、悪いとは僕は思わない、だがイライラして疲れて帰ってくる人も多いのだ、にもかかわらずそれをやめることはできない、じゃあそれって「有利」なのか、悪霊に取り憑かれるということは、一日と一万円を、守るべきものに使えなくなるということなのだ、軽蔑しているものに使わねばならなくなるということなのだ。

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