☆いい女☆で行こう!

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ワークショップは超大事
阪出張中こそ、逆に、今やっているワークショップのすべてが、超大事だということがわかった。
「誠心誠意」「腹式呼吸」「リデュース」「手渡し法」「集中法」「余韻法」「露骨法」、どれも大事で、むしろ逆にいうと、これら数個に過ぎないことが、人の命ある生を決定してしまう。
そして、今になって断言できることだが、こんなこと、教わらずに見つけられる者はまずいない、ほんの一つでも、ほんの十五分でも、僕が胴体をいじくり回すことが、その人の五十年に命を吹き込んでしまうことになる、そういうものなのだ/おおげさに言っているのではなく、単にわれわれが思っていたより、「教わる」ということのインパクトが事実上大きいというだけだ、われわれがこれまでそれを軽視していたにすぎない。
若い人は、人生の後半あるいは終盤が、どういうものになるものなのか、当然経験がなくてわからないだろう、本当に何もかも消えてなくなっていくのだ、これまで思い出だと思っていたもの、自信だと思っていたもの、人生だと思っていたもの、活力だと思っていたもの、友人だと思っていたもの、家族だと思っていたもの、生命だと思っていたもの、すべてが消えて、つぶれていってしまう、そんな阿鼻叫喚が想像できないのは、老人が情報を秘匿しているからだ、老人が自分の内面が阿鼻叫喚であることを告白しないので、何かおだやかな「老後」や「晩年」があるのだと錯覚させられているだけだ。

なぜ田舎から渋谷に出かけてきた人が、ハロウィンで大暴れしなくてはならないのか、わかるだろうか、答えは「田舎から出てきているから」であり、「田舎に帰らねばならないから」だ、田舎とはGDPのことを指しているのではなく、正しい先生が枯渇した地域を田舎と呼ぶ、正しい先生がいない地域は全員そろって「やることがない」のだ、ハロウィンの騒ぎはある意味、地方から都心の断末魔だと捉えていい。
なぜ多くの新入社員が、意地でも定時に帰ろうとし、残業代が出ないとただちに明瞭な殺意を覚えるのかわかるだろうか、それは性風俗業のキャストと同じだからだ、つまり単なる労働をしているのではなく、精神的苦痛を換金しているところがあるので、金銭に代償されなければ殺意を抱くのだ、新入社員たちにとってサービス残業をさせられるのは、女の子が「タダマン」をさせられているのと同様の痛苦だと捉えていい。
ハロウィンで暴れていた人たちは、一般には「陽キャ」と呼ばれる人たちだろうが、彼ら「陽キャ」は正しい陰陽理論においては、極端な「陰」の者たちだ、肉体・気魄は陰のものだから、悪魔の格好をして徘徊する陰のハロウィンに性分がどハマリするという仕組みだ、いずれは全員が流血のコスプレをするゾンビ・パーティが流行り出すかもしれない/「流血」の衣裳をほどこすことで、それが自分の内面に適合して安息するという快感があるのだ、彼らはふだんから人格が流血する中を生きているので、普段着やスーツ姿のほうが「落ち着かない」「偽りの衣裳」と感じているのだ、陰陽のバランスが崩壊して陰の気魄が破裂しているので、その実態がハロウィンにかこつけて開示されるにすぎない。
僕がほんの少しでも、今ワークショップでやっているところの知識、技術、ノウハウを開示し、実演してみせると、それだけでどれだけ救われたような希望の表情を見せる人が多いものか/今、ワークショップにきて学んでくれている人たちも、今はまだその重要性をそこまで明視してはいないと思う、だがこれはとんでもないことなのだ、現代のとんでもない状況から救済されうる、とんでもない活路に巡り会っているわけだ、今のところそんなおおげさなものには見えないが、これから先にその分岐がどれだけ巨大なものであったかがわかってくるだろう。

帰りの新幹線の中、両隣の人が、イヤホンを耳に突っ込んだまま、二時間ずっと貧乏ゆすりをしていた。

貧乏ゆすりぐらい、誰でもすると思うが、隣の座席に人がいるときに、それを二時間も続けるものだろうか、もう感覚的にブッ壊れているのだ、本人は自分をまともだと思っているだろうし、社会生活は破綻しないのでこの先も気づかれないだろうが、内部に掛かっているストレスはすさまじいものだ/楽しい動画を観ているから、ノッているのではなく、時間を無駄にしているという無自覚の自覚が、彼らを無意識に暴れさせているのだ、ハロウィンで角でも生やせば解き放たれて彼らは大暴れするだろう。
誰でもうすうす知っていることだが、ハロウィンの大暴れは、楽しくて大暴れしているのではないのだ、もともと内部に大暴れが始まっていて、それをふだんは抑圧しているから、解放日にそれが放出されるだけだ、人々の抑圧と苦しみの具現化でしかないので、ハロウィンの映像はそのまま暴動の映像に見える/ほんのわずかの「方法」さえ与えられず、教えられずにきた人々が、膨大な苦しみを抑圧して生きているのだ、もう取り返しのつかない人も多いが、まだ教われば助かる人は、どこかに教わりにいけばいい、できれば僕のようなしょーもない奴のところにではなく、もっと立派な先生のところへゆけたらいいな。
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