☆いい女☆で行こう!

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解体作用について

とつ、ナゾが解けた。
感受性は「力(重さ)」のトリニティだから、特に何もしなくても、物事をバラバラにする「解体作用」が自動的に作用し、蓄積するのだ、「力」は原則、物事をバラバラにする作用のものだから。
この動けなさは何だ、と、しばらくナゾに思っていたのだが、とりあえずそのナゾは解けた、僕が休んでいる間は、「何も進まない」のではなく、「解体作用が掛かる」のだ、僕が寝て起きたら自動的にバラバラになっていると覚悟しておくしかない/バラバラが悪いというわけではないが、とりあえずバラバラだ、バラバラになるのだ、力のトリニティが活動しているから。
旧来、人と人というのは、時間が経つにつれて結束していくという性質があって、心理学的には単純接触の原理などとも呼ばれるが、これが現代では逆転しているのだ/「放っておけば仲良くなるさ」という自然現象ではなく、「放っておけばバラバラになるさ」という自然現象が生じているのだ、バラバラになった力・重さが僕単体にぶら下がってくるから、僕が「なぜか動けない、なんだこりゃ」になっている、仕組みがわかればそんなにむつかしい現象でもなかった。

「放っておけば仲良くなるさ」という、旧来の前提が、今は「放っておけばバラバラになるさ」という前提に切り替わったことは、大きな変化であって、瞠目すべきことだと思う。
人と人とは、次第に打ち解けて脱力していくのではなく、次第にぶつかって力んでいくのだ、これではまるでクラスメートたちは互いに仲違いするために時間を共にしているということになる/事実そういうことはあるのではなかろうか、たとえばハロウィンのバカ騒ぎを経ることで、「よーし、またバラバラになった感じがするよ」という現象があったりするのではないだろうか、力・重さというのはどこまでも物事をバラバラにする作用を持つものだから。
力・重さのトリニティと、愛・光のトリノティは、相克であって、どちらか片側をエネルギー源にするしかない以上、人はエネルギーを得るために、「解体作用」をこの世界にほどこすしかないはずだ/イルカは空気中で息継ぎをしているだろうが、トビウオは水中で息継ぎをしているだろう、それと同じように、力・重さのトリニティに所属する人は、どうしたってバラバラ・解体作用の中で息継ぎをするしかないはずだ、それで今度は僕が呼吸できなくなる。
ということは、僕が呼吸しなければそれで済む話だ、ナゾが解けてみればそんなにむつかしい話ではなかった、ナゾさえ解けてしまえば、こんなことでくたばるほど僕はヤワな鍛え方をしてきてはいない/なんとなく今想像がついたが、多くの人はこういうときにパニック障害で倒れたのではないだろうか?(おれはそんなチャチな次元にはいない)

なるほど、つまり僕は、みんなのパニック障害を肩代わりしている。

なるほどなあ、そう考えると、すべてのつじつまが合う、こりゃあるていど功徳も身に現れてきて当然ってとこだよ、僕が多くの人に「必要」とされている、生々しい事実はそこなのだ、多くの人はパニック障害という生理的な攻撃によってある種の光をあきらめねばならなかったのだが、その多くの人にとって僕は、「なぜかこいつは、同種の攻撃を食らっても呼吸不能にならない」ということで、頼られているのだ、どおりで妙にお地蔵様みたいな扱いをされるわけだよ/みんなそういうことなら、ちゃんとマジのお地蔵様のほうをちゃんと拝んだほうがいいな(当たり前)。
パニック障害というのは、抵抗不能かつ激烈に苦しい症状なので、シロウトが生身で対抗できるものではない、対抗しようとしてもどうせ返り討ちにあって余計に手間が増えるだけなので、そこで無駄な抵抗というか、悪あがきはしないことだ、よほどの学門を修めていないと抵抗なんかやりようがないよ/これはまた大きなナゾが解けたものだ、ところで明日は僕の誕生日だから、誕生日の前日に大きなナゾが解けたな、明日からはまたはっきりとした一年が始まるわけだ。

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