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感受性とパン祭りと、バラバラと光のなさの仕組みについて

ゾが解けて、仕組みが見えたぞ。
幼いころから、人を感受性漬けにして、感受性をブーストさせておく、するとこの子は、感受性を支配する「力・重さ」に帰依する子になる/ほとんどネイティブで「バラバラ」を嗜む子になるのだ。
この子が、やがて成長し、バラバラということの危機、虚しさとヤバさを知ることがあると、この子は無自覚にも感受性とバラバラの世界を脱出しようとするのだが、脱出しようとしたとき、すでに集合的な環境から、この子はパニック障害ないしはそれに準じる猛烈な苦しさによって引き留められる/自己も周囲も感受性と契約しまくっているので、今さらになって離脱はさせてもらえないのだ、抵抗しえない猛烈な苦しさによって、「もう出られないんだ」ということをいやがおうにも思い知らされることになる。
脱出をあきらめ、改めて元の「バラバラ」に帰参すると、ホッとして、豊かなエネルギーを感受性から分け与えてもらえる、それで「こちらが正しい」というふうに、身をもって学習させられるわけだ/こういう仕組みがあり、おそらくは誰か、この仕組みを知っていて操作している者もいるのかもしれない、まあそんなことを疑っていても何の足しにもならないが、とにかく仕組みはここに明らかになったのだった。

ワークショップ等を通じて、あまりにも多くの人がパニック状態を経験し、それが頻発するゆえ「パン祭り」と笑い飛ばすようになったのだが、これはなおも重大な仕組みだったのだ。
そもそも、なぜ法則じみて「パニック」が出現するかの、明確な理由が示されていなかった、漠然とパニックが出現するのではないのだ、横隔膜を媒介として霊魂がひとつながりの世界へつながろうとするとき、これまでの感受性との契約によって、つながろうとした横隔膜が「八つ裂き」にされる(ギリシャ神話の妖精エコーのエピソードに象徴される)のだ、それだけの力・重さが掛かるだけ、これまでの業(カルマ)が積もっている。
パニックが出現する強度は、これまで感受性と結んできた契約の総量に比例しているのだ、「横隔膜が八つ裂きにされる」という意味のギリシャ語をスキゾフレニア(Schizophrenia)といい、これは現在でも「統合失調症」の正式名称だ、妖精エコーは「力」の神であるパン神(パニックの語源)に嫉妬から八つ裂きにされるのだが、これらのことは「力・重さは物事をバラバラにする」という当方の唱える説に合致している。
どういうことかというと、<<八つ裂きにされないためにはパン神(力・重さのトリニティ)の言いなりになるしかない>>ということなのだ、これに逆らおうとしたとき、契約済みのパン神はその力をもって横隔膜(エコー)を八つ裂きにくる、八つ裂きの実体験は「パニック障害」として現れるのだ、このことは抵抗不能の激烈な苦しさを伴うため、人はパン神の言いなりになり、ふたたびつながりを捨てた自分自身に戻るしかないのだ/むろんこのことに、学門も訓練も得ていないシロウトが抵抗しても無意味だ、本当に回復不能の精神障害になってしまう。

現代人が「バラバラ」なのは、パニック障害から逃れるための "やむなきこと" だ。

僕は現代人のそうした様相を、「孤立した力みマン」と呼んで笑い、「そのとおりですやん」と周りの人も笑っていたが、そうではないのだ、「孤立した力みマン」で居続けないと、抵抗不能の激烈な苦しさ、パニック障害に陥るのだ/ワークショップ等で実演すると、セオリーともども、「孤立した力みマン」には何のメリットもなく不合理な状態に思えるが、そうではないのだ、唯一「パニック障害にならずに済む」という切実なメリットにおいて、その様相は合理なのだ。
よって、僕がつながりを創ろうとし、Aさんがそのつながりを体験しながら、自室に引き取るとそのつながりを無自覚に「解体」してホッとするのは、パニック障害という生理的脅迫から逃れるための、やむなきことなのだ、僕が死んだら終わってしまうが、僕が死なないあいだはAさんはパニック障害なしに希望を見ていられるだろう/これまで僕のことを頼って来、慕ってきて、それでも必ず具体的な攻撃の態度を仕掛けてくる人も、このことに由来している、僕の創り出すつながりを「解体」することで、当人はパニック障害を逃れることができるし、状況の強度によっては僕を攻撃しないとパニック障害の苦しさから逃れられないのだ。

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