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感受性とパン祭りと、バラバラと光のなさの仕組みについて2

単にいうと、Aさんがラクになるためには、僕に「力・重さ」をかければいい、「力・重さ」をかけるのは感受性でもいいし呪いでもいいが、とにかく僕の創出する「つながり」「世界」をバラバラに「解体」すること、そのことに力をかければ、Aさんはラクになる、ラクになるということはつまり、パニック障害の予兆がスーッと引いていくということだ。
とはいえ、Aさんは別に、僕のことをバラバラに解体したいわけではないので、その点については、「九折さんは不死身だから」という前提で仕掛ければいい、実際に不死身なのかどうかはよくわからないのだが、今のところ死んでいないので、そう簡単に死ぬ奴ではどうやらないらしい/とにかく不死身の統合者に解体力を仕掛ければ、Aさんはパニック障害の脅迫から逃れることができる。
パニック障害の苦しみというのは、まったくハンパじゃないので、いったんそれが始まってしまえば、もう愛もヘッタクレもないことになる、そんなことになるぐらいなら、正直僕に石を投げているほうがはるかにマシだし合理的だ、そんなところで意地をはって頑張ったって、本当に精神が壊れるだけなのだ、この点はやはり旧来のように僕がゲジゲジ虫として活動していたほうが人心に向けて穏やかだった、ゲジゲジ虫に石を投げるのはむしろ善行だからだ。
今回の発見は、「力・重さ」のトリニティに帰依する者が、パニック障害という切実な脅迫で拘束されているということだ、この作用はまったくナゾで、単に今の僕自身、四方八方から掛かってくるナゾの「力・重さ」について「何だこれ?」と感得することから発見された/僕に向けて、僕を慕う人からの「八つ裂きの力」が掛かるのは、僕が彼らのパニック障害を肩代わりしているからだ、おそらくふつうの人ならこれでブッ壊れてしまうのだと思う。

感受性との契約を深くしてきたわれわれは、今すでに、「つながりを否定しないでは生きられない」という状態なのだ、これはまったく瞠目すべき価値がある発見だと思う。
たとえば、パーティ企画が再開してからもう五年以上が経つが、未だに、自分から「今月参加させてくださ〜い」と連絡してくる人は少ないのだ、「いいかげん自分から連絡しろよ」と言いつけはするのに、その言いつけは必ず消えてしまう/これについて僕は「そんなことありえるのか?」と長いあいだ不思議でしょうがなかったのだが、ようやくそのナゾが解けた、「つながりを否定しないでは生きられない」のだ、もしフッと少しでもつながりのほうへ可能性を覚えれば、そのとたん猛烈な苦しみたるパニック障害の予兆が感じられてきてしまう。
ここ十年ぐらいで、たとえば定期的にメール等をシカトするのは一般的に見て当たり前になったし、いつのまにかウェブサイトからのアンケート等も一切送られてこなくなった、どうしてそんなことが当たり前になりうるのかナゾだったが、すべてはこれだ、「つながりを否定しないでは生きられない」のだ、感受性と深く契約を結んでしまった以上、つながりに身を寄せようとすると激烈なパニック障害が待ち受けている。
感受性と契約するというのは、ずっと先にまで及んで、そういうことなのだ、「つながりを否定しないでは生きられない」、だからヨソのつながりについても力・重さをかけてバラバラにするという積極的な行為を、やめるにやめられないのだ、つながりを否定することでしかホッとできないし、エネルギーも得られないから/自分が誰かのつながりを否定することで(その力・重さ・呪詛をかけることで)、対象の誰かもまたパニック障害への予兆を覚えるから、やはり「バラバラ」ということに帰依するしかなくなる、こうして「つながりを否定しないでは生きられない」はパンデミックを起こしたのだった。

「つながり」を肯定することは、パニック障害を誘発する。

まさにこれだ、これがあるから、すべてのつながりを否定することでしか、われわれは生きられないのだ/逆に「バラバラ」はこころに安寧を与える最良の処方だと言える、もちろんそれで完全に孤独化することにも耐えられないので、ネットやアニメに依存したり、他人に依存したり血族に依存したり、権力や財力や魅力うんぬんの「力」に隷属したりするのだ、それはもはや自分の選択というより、パニック障害の苦しみと恐怖に脅迫されて、言いなりになるのが唯一の選択肢として機能している。
しかし現実的には、パニック障害というのはえげつない苦しみなので、さしあたり言いなりになるしかないのだ、それはほとんど生理機能を支配した者たちによる暴政とみなしてよい、暴政にはさしあたり従うしかない、逆らったって無駄死にして激烈な見せしめにされるだけだ/「自分は必ずつながりを解体します」という文言を、どこかで覚えておいたらよいかもしれない、そうしたらそのときになって「あ、これか」と気づくことがあるかもしれない、僕は不死身だからかまわないが、他の人は不死身ではないので好き放題に解体して自分がホッとする材料にしてはならない。

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