☆いい女☆で行こう!

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客はバカスカ喰うのが仕事だ
のことを知らないと、本当に追い詰められてしまうので、ぜひどうぞ勉強してくれ。
寿司屋は寿司を握るのが仕事であって、客からカネを取るのが仕事ではない。
客から二倍のカネを取れば、利益は二倍以上になるかもしれないが、それで寿司屋は二倍の仕事をしたことにはなっていない。
繰り返す、客からカネを取るのが寿司屋の仕事ではない、なぜなら、<<カネを払うのは客の仕事>>だからだ、客はバカスカ喰うのが仕事で、それによってバカスカ払うのが仕事だ/この感覚がわかっていない人は、本当に追い詰められてやがて滅んでしまうので、ぜひどうぞこのことを勉強してくれ、少し考えればわかることだ。

トリニティ、三角形の循環で考えろ、まず客はバカスカ喰って、バカスカ払うのが「仕事」だ、そのお代金によって、寿司屋はバカスカ仕入れ、バカスカ寿司を握るのが仕事になる。
そして、握られた寿司そのものは、バカスカ艶めき、バカスカ客の口に飛び込むのが仕事だ、それを客がバカスカ喰う、すると客はバカスカ払い、寿司屋はバカスカ仕入れるようになり、またバカスカ握る、握られた寿司はバカスカ艶めいて、バカスカ客の口に飛び込んでいく/こうして「仕事」というのは、トリニティの三者が「力の無駄遣い」をすることに本質がある。
力の無駄遣いをするので、このトリニティに属する者は、力(重さ)を減らしてゆき、身を軽くしていくという循環を得る、それが本来の「仕事」だ/「仕事」は「稼ぎ」ではないのだ、仕事は力の無駄遣いによって生じ、稼ぎは力の出し惜しみによって生じている、三者が稼ぎに向かって力を出し惜しみすると、客は少なめに食べ、寿司屋は少なめに握り、寿司そのものは少なめに艶めくことになる、稼ぎを仕事と誤認するとこのように闇のトリニティに落ちていってしまう。
バカスカ喰ってくれる客は、寿司屋から見て「なんて愛おしいお客さんだ」と光って見える、バカスカ握ってくれる職人は、寿司そのものから見て「なんて愛おしい職人だ」と光って見える、バカスカ口に飛び込んでくる寿司は、客から見て「なんて愛おしい寿司だ」と光って見える/客は喰って払うことに力を尽くし、寿司屋は仕入れて握ることに力を尽くし、寿司そのものは艶めいて客の口に飛び込むことに力を尽くしている、力(重さ)が尽きてゆくので、そこには悟性と愛と光が宿る、ここに属する三者は光によって励ましを得つづけるし、そうでないものに属する三者は闇によって憎悪を得つづけるだろう。

腹一杯喰うのが客の「仕事」と知っていないと、胃腸はまともにはたらかない。

もちろん健康被害が出るほど喰ってはいけないが、とにかく大満足まで喰うのが客の仕事なのだ、それが「仕事」だというのがわからないと、仕事をして生きることは行方不明になり、とてつもなく苦しい生き方をすることになる/バカスカ喰うのが客の「仕事」だとわかっていないと、自分が寿司屋になったときも、自分が何の「仕事」をするのかがわからないのだ、そうすると何の仕事も為さない寿司を握ってしまうことになる、そうすると仕事は虚しいので、「二倍のカネを取れないかな」ということばかり考えるようになり、そうなるともう胃腸どころじゃない全身と五臓六腑が黒く落ち込み澱んでいく。
食い逃げした客は、稼ぎという面では最大の利益を得るが、「仕事」の面ではドマイナスなので、身はどんどん重たくなっていく、倍のカネを取ろうとした寿司屋も同じだ、仕事でなく「稼ぎ」を主義とするぶんにはそれでかまわないのだが、それを「仕事」と誤認してはならない、誤認すると稼ぎ面の有利さの中で身が重くなっていくことに了解不能になってしまう、仕事を縮小して稼ぎを倍にした人に清澄のまなざしをした人はいない、それは金銭的には(力的には)有利だが決してラクということにはならない。
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