☆いい女☆で行こう!

   〜オトコ視点からの、恋愛の知恵ノート。 Copyright 2007 Quali,
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何をしたらいいかを「知る」ということ

は女に「何をしたらいい」のか、女は男に「何をしたらいい」のか。
四の五の理屈を言う前に、「何をしたらいい」のかを知ることだ/もちろんそれは、ただ訊いて暗記したら知れるというものではない。
たとえば、ジョークのひとつでも言えばいいのだが、ジョークを言うには「何をしたらいい」のか、そのことが実はちゃんと知られていない。
多くの人は、その「何をしたらいい」かを知らず、闇雲にできる・できないに突っ込んでいるところがある、これは手続きとして正しくない、学門なしにキモチで体当たりするのは実のところ「投げやり」にしかならない。

たとえば思いやりというのは「何をしたらいい」のか、勉強というのは「何をしたらいい」のか、謙遜というのは「何をしたらいい」のか、報告というのは「何をしたらいい」のか。
僕はこうして、しょうもないブログにしょうもない記事を書いているのだが、こんなことは誰だって「できる」ことのはずだ、にもかかわらず、実際に自分でそれをやろうとすると、「何をしたらいい」のかが、実はよくわかっていないということが明らかになる。
恋あいといって、じゃあ恋あいというのは「何をしたらいい」のか、そのことが取り沙汰されず、漠然としたキモチの強さを押し通そうとしている/恋あいというのは女性に花束を贈ればいいのか、本当に「それでいい」のか? そういったことも、実は本当には「知らない」というのが実情だ。
庭木の手入れをする、新聞を読む、旬の物を食べる、旅行にいく、日記を書く、礼状を送る、寄席に行く、何をしてもいいのだが、それらひとつひとつについて、本当は「何をしたらいい」のか、実はちゃんと教わるまで、人は知らないままなのだ/それらは覚えごとで知れるものではなく、正しいやり方で "仕込まれ" て、一定量それを正しく営むという、自分の歴史を経ることでしか、真に知ることはできない。

何をしたらいいか、本当に知っているということは、何か一つだけでも宝物だ。

たとえば白ネギを刻んだあとは、水にさらしておくといいのだ、そんなことは簡単に記憶できるが、白ネギを「そうしたらいい」と本当に知るのとは別だ、本当に知ることは大きなよろこびだし宝物だ/逆に、何もかもを丸暗記してなぞっているという状態は、何もかもを完璧にこなしながらも、実はとても不安な状態だ、記憶どおりになぞっているだけで、本当に「それでいい」のかどうかは「知らない」ままなのだから。
若い人は、なんとかして、その「知っています」というふうの顔つきをやめることだ、その「知っています」顔をしているあいだは、本当のことは何一つ教えてもらえない/女性の大半は、なぜ男性と手をつなぐのか、なぜ男性とキスをするのか、どこにキスをすればいいのか、実はまったく知らないままだ、だからいつも自分のキモチですべてを押し通そうとする、実はずっと不安で自信のないままなのに……だからその「知っています」顔をなんとかして引き下げることだ。

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