☆いい女☆で行こう!

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病床模索1/魂の大きさ

し、魂なんてものがあるとしたら、どうやらそれには「大きさ」というパラメーターがあるようだ。
どれぐらい大きさの差があるかというと、われわれの各人が保有する、資産の差ぐらいの差異がある/そりゃ資産だって、人によってびっくり仰天の差があるのだから、魂の大きさにだってびっくり仰天の差があっておかしくないだろう。
僕の残高には、今のところ、残念ながら3000億とか、10兆なんて数字はない、もしあってもやることは変わらないだろうけども/だがそういう資産を持っている人も実際にいるのだから、そういうケタはずれの魂を持っている人もいるのかもしれない、もしいたとしたらそれは「偉大な魂(マハトマ)」ということになるのだろうか。
われわれにとって、トランプタワーのような資産は、「観測可能」なので、簡単に信じることができるというか、信じるまでもなく納得することができる、一方で魂うんぬんなどというのは、「観測不能」なので、簡単には信じようがないというか、それが「視える」でもなければ信じるにも信じようがない。

まあでも、仮説にすれば何でもありだし、仮説にしたら、わかりやすくて面白いじゃないか、偉大な魂と凡人の魂は、大きさが違う、どれぐらい違うかといって、われわれの資産とビルゲイツの資産ぐらい違う、だとしたらドえらい差じゃないか。
誰だって、1000億の資産家にひれ伏すのには、0.2秒も掛からないのだから、それと同じように、魂の大きさにも、感応したりひれ伏したりすることが、あったらいいな、面白いな、と僕は感じている/「莫大な資産」と「偉大な魂」は、この世界に実際にある。
「観測不能」というのは、便利な言葉で、観測不能なら何だって言いたい放題だ、ただし「観測不能」は、「作用なし」ということではない/ワーグナーの音楽は、とても雄大な感じがするが、なぜ音のカタマリを「雄大」と感じるのかは、誰にも説明できない、しかもその雄大さは人にしか視えない、イルカのほうが聴力はよいがイルカは魔笛を聞いて踊り出すわけではない。
「観測不能」で、「しかし作用はある」なんてことは、いくらでもある、そもそも「人間が小さい」「こころが広い」などというのも、何かのモノサシで測れるスケールではない/観測不能だが作用があるものを、総じて古人は霊魂と呼んだようで、どうやらその魂というものには大きさがある、フリーターとロックフェラーの資産差ぐらいの、魂のスケール差がある。

GNPによって「経済大国」がありうるように、魂のつながりによって「偉大な人」がありえたら面白い。

経済大国というのは、莫大な生産と、莫大な営みと、諸国との莫大な通商があるから、経済大国という/それと同じように、さまざまな場所、歴史、物語、人、世界、こころ、愛、天、といったものと、莫大なつながりを持つ人がもしいたら、その人は「偉大な人」なのかもしれない、もしそうだったら面白い。
資産というのも、「原資と生産」という意味だから、魂も同じように、「元の魂と産霊」というように機能していたら、面白いな/各種メディアを通して知られるように、人は、単に資産を増やしただけでは幸福になれない、魂の大きさを超えた資産を手にしたって、目の色と挙動が不審になるだけだ、その様相は「魂の大赤字」と見れば当たり前に見える。

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