☆いい女☆で行こう!

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病床模索5/恋あいと人々

しぶりに、根こそぎ休んでいたので、恬淡と物事を眺めることをした、いくつかの聞いた話を思い出しながら……
恋愛について、多くの人はけっきょくのところ、世間的なやり方を信じているのだと思う、何よりその他には情報がないことによって。
つまり、適宜「付き合う」ということをしたり、「結婚」をしたり、付き合っているから・夫婦だから「セックス」をしたり、パートナーだから「大事」にしたり、「好き」と認識したり、「情」をかけたり、しているのだと思う。
別にそれが間違っているというわけではなくて、単純に、そうやって取り組む以外に、ほとんど情報がないのだと思う、多くの人はマジメなものだし、まして今日では、性的な清潔さが世間で口うるさく言われるようになった、なぜかオナニーに耽る男性が女性をビッチ呼ばわりするというような奇怪な事態が続いているから、ますます正統とされるメソッドに頼るしか方法がないのだった。

きっと多くの人にとって、よくわからないのだ、単純に、ヴァギナに棒を入れるとアヘアヘするということや、男性から「かわいい」と言われるとウフッとなるということが、総じて「何が何やらわからない」まま、漠然と知ったかぶりをしているに違いない。
もし僕が、本当のことを真正面から言おうとするなら、セックスはアヘアヘするためにするものではないし、誰かと付き合っているとか結婚しているとかいうことで、生理的な現象が変化するわけではまったくない、と言うしかない/極端な言い方をすれば、別メーカーの棒を入れたってアヘアヘするのは変わらないだろう(だから別メーカーの棒を入れろと言っているわけではない)。
そもそも、恋あいもセックスも、そういうものではない、別の言い方でいえば、いっそ「付き合う」とか「付き合っているからセックスする」とかは、恋あいとセックスが「わからない人」向けのメソッドにすぎない/このメソッドが壊れているわけではないし、このメソッドしか実際に「情報がない」というのがリアルな事情なのだと思う。
セックスを「アヘアヘ」やっている人は、セックスがわからないからそのようになっているのであって、一方「付き合ってセックスする」というのも、実はセックスがわからないからそのようにやっているだけだ/若いうちはいざ知らず、やがてセックスは最重要のものではなくなる、重要なのはそこではなく、「アヘアヘではない光」「アヘアヘではない営み」「アヘアヘではない源泉」を得られるかどうかだ、「付き合っていないのにアヘアヘ vs 付き合っているからアヘアヘ」の戦いでは永遠にまともな恋あいは来ない。

恋あいに疎いのじゃなく、ナゾのよろこびとナゾの感動に疎いだけだ。

デートもセックスも、別によろこびじゃない、いくら大好きな彼氏クンでも、なぜか手をつないでいると「それだけでしんどい」ということはよくある、それは「大好き」さえ恋あいと異なる場合がよくあるからだ、うれしさとよろこびは異なる/こんなもん、「本当には何が起こっているか」に対するセンスでしかない、まさか恋あいというのかウレシイタノシイアヘアヘで得られると思い込むべきではない。
1.触られたとき、感触的に「イヤ」という場合は、わかりやすいので悩まなくていい、2.付き合っている人なのに「あんまりうれしくない」「気持ちよくない」「正直イヤ」というのも、当たり前のことなので悩まなくていい、3.誰にでも触られるとアヘアヘしてしまうというのも、基本的に当たり前なので悩まなくていい、4.問題は、付き合ってもいないのに、イヤでもない、しかもアヘアヘでもない、うれしいわけでもないのに、涙が出そうになる、「この人」を見つめてしまう、「何これ」となったときだ、このときだけ悩む必要がある、「本当には何が起こっているか」、こんなことが本当にわかるようになるのはずっとずっと先のことだ。

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