☆いい女☆で行こう!

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復活〜(ただの風邪だけど)
いうわけでタイトルのとおり復活、まだ病み上がりだけれども、もう健常の範囲です、ご心配をおかけしました(ただの風邪)。
どうやら今週のパーティおよびワークショップも、問題なく開催できそうです、いやあ一週間ほど大変ダルかったけれども、ふたたび楽しくやってまいりましょう、ある意味では強制的に骨休めにもなったので……数年ぶりに脳みそが休んだ心地がした。
金曜日のワークショップは、いよいよ季節的に今期の公園納めというつもりで、19時〜世田谷公園、21時〜スタジオを予定しております、みなさまどうぞいらっしゃってね。
酔狂から始まったワークショップも、いつのまにかけっこう骨太なものになったなあ、あと数回もすれば年が明けてしまう/やるからには笑えるぐらいやるべきだし、やったからには実を結ばないとやったことにはならないからな。

おれはこの後また寝るので、パーティ等々、参加される方はテキトーにそちらからおれのほうに連絡してやってね、おれの側から打診するまでに回転がまだ上がっていない。
この一週間は、久しぶりにボケーッと、用事以外はテレビを眺めたりして過ごしたのだが、逆にそれで見えてくることもあった/決定的な「違い」がわかった。
今ここで、説明しきれる可能性はゼロだが、なんというか、外部情報をどう切り貼りしても、それは「わたし」にはならないからね、「わたし」というのは一種の恐怖体験であって、これは「死」の直視も含まれているから、たぶんここが根本的に違うのだ、こんなおっそろしいものを全員が直視済みとか、「そんなわけないでしょ」というのがようやく冷静にわかった。
外部情報というのは、「喉が痛い」とか「腹が立つ」とか、感情や身に起こることまで含むのだ、それらさえも「外部情報」なのだ、もちろんその外部情報でおびやかされはするのだが、おびやかされるだけであって、それはその人そのものの情報ではない、この世界に「わたし」が存在しているというのは、もっとブッ飛びのことなのだった/たぶんこのことがおそろしすぎて、逆に外部情報に取り縋って「生きてます」という安心を得るというのがふつうのやり方なのだろう。

科学の進歩は0ミリだ。

ウープス、困ったなあということなのだが、何しろわれわれは科学をぼんやり信仰しているのだが、科学といったって、科学ができる知性を前もって与えられてあるから科学がやれるのであり、「なぜオマエって科学できるの」という問いかけに対しては、いかなる科学もぐぬぬぬと返答に窮するしかない、だから科学はスタート時点からズッこけているのであり、そのことは見ないフリをするのが科学の前提だ、もちろんそのことは科学の無力を言うものではないが、スタート時点からズッこけている以上、厳密にはその進歩はゼロだと認めざるをえない。
いかなる問答も、問答する能力があるから成り立っているのだが、この問答の能力が、なぜかすべての動物のうち人間にしか具わっていないという……他の動物にも大脳はあるのにね、他の動物は問答もできないし犯罪もできないのだ/ほとんどの動物は風邪を引くと思うが、風邪を引くということについて説明するのに科学は強力だ、だがその「説明する・される」という能力そのものについては科学は閉口するしかない、科学は外部情報の整合性を説くのにたいへん強力な手法だが、その外部情報の切り貼りで「わたし」の現出はありえないのだった、まあ喉がよくなったらペラペラお話ししようと思います。
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