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「ピンと来る」という現象の深い背後

とえば、放物線(二次曲線)があったとして、そこに直線(一次関数)を交わらせたとする、すると頭の中でもイメージできるとおり、交点は二つ出るはずだ。
このことをイメージして、「なるほど、じゃあ、この放物線と直線の交点は、二つの数式が等しくなる座標の値として、二次方程式の解となって得られてくるはずだ」ということがわかる。
実はこのこと自体は、割と誰でも「わかる」のだ、「あ、なるほど」「そういうことですよね」ということは誰でもわかる/ところが、そこでそのこと自体に "ピンと来る" ということ、「おお、それだ!」というアクティベートを得るかというと、そういう人は実は少ない。
放物線と直線の交点を求める解法は、割と誰でもわかるのだ、誰でもわかるのだが、そうして「わかっている」人たちのほとんどが、実は「何をやっているのかわからない」という状態、「何をやっているのかピンと来ない」という状態で、その方程式を解いている/実は二次方程式の解法より、この「ピンと来る」があるかないかに、重大な差があるのだ、もちろんそんなことは学校教育の中では取り沙汰されない。

たとえば、最近はインスタグラムとインスタ映えが流行しているが、インスタ映えといえば、「有名スポット」の「色あざやか」な映像が、「インスタ映え」とされている/これはつまり、「名色」の因果がインスタ映えの成分だということを意味している、名色の因果は六道における餓鬼道だが、餓鬼道にいる人はそうして「ネームバリュー」や「色あざやか」に "ピンと来る" ということなのだ。
だからインスタグラマーには、放物線と直線の交点を求める話は、理解はされるがピンと来ない、地獄道にいる人は「感受性の苦しみ」にピンと来るし、畜生道にいる人は「ゲット」と「愛の奪い合い」がピンと来る、修羅道にいる人は「有意義なこと」と「ライフ」がピンと来るし、天道にいる人は、老化と老衰と死の諦観がピンと来る/人それぞれ何が「ピンと来る」かは、性格の問題ではないのだ、所属している道と表れてくる因果の問題なのだ、修羅道にいる人にとっては「色あざやか」なんてどうでもいいし、地獄道にいる人は「有意義」なんてピンと来ない、天道にいる人に半導体なんて何の興味もないのだ、それは「因果」という現象のせいで魂がキックアウトされるからだ、他の道にあることは何をどうやっても「ピンと来ない」という、この現象にわれわれは支配されている。
その意味で、街中のさまざまな広告や、自分の観ないテレビ番組のジャンルなどを見てみよう、すると実はさまざまなものが、それぞれの「因果」に適合するように作られていることがわかる/自分にはまるでピンと来ないものでも、他の誰かには「まさにそれ」ということで、アクティベートを伴って「ピンと来る」のだ、このことが視えるようになると、現在の自分がどの道と因果に所属しているかがわかるようになる。
一般に、子供のことを「ガキ」と読んだりするが、ガキが餓鬼道を現しているので、一般に子供はたとえばポケモンのような、キャラクターの名前が目立つ、色あざやかなコンテンツが好きだ、それは子供が餓鬼道の因果に支配されているからだ、そして年齢的に大人になったとしても、このことは脱却されるとは限らない、表面上は取り繕うが、内部的には何も変わっていないということが往々にしてある/さらに、興味深いことに、このそれぞれが所属している「道」と「因果」は、それぞれの体型や顔つきにも影響していくのだ、たとえば餓鬼道に所属している大人は、目がギョロギョロ大きく、体つきが大人にならず、なぜか身体には肉感がなくて、飢えて干上がっているような身体になる(そのほかにもいろいろあるが、ここには書き切れない)。

あなたに何が "わかる" かではなく、あなたが何に "動かされる" かだ。

誰だって、二次曲線と直線の交点ぐらいは、強制的に勉強させられればわかるのだ、しかしそれが「わかる」といって、それに「動かされる」わけではないということ、それが問題だ/餓鬼道にいる人は、実はネームバリューと色あざやかさに動かされるし、地獄道にいる人は、実は感受性で苦しんでいる何かに動かされる、畜生道の人はけっきょく「自己愛」に動かされるし、修羅道の人は生活拡大的なこと、天道の人は年金と病院と知り合いの死去ばかりが「ピンと来る」ようになる。
あなたがけっきょく、何に「動かされている」か、何に動かされるのが正しいとも言えないが、僕は個人的に人間道への所属と、識と行の因果に動かされることをオススメしたい……といっても、他の因果に支配されると、もうどう努力しても「ピンと来ない」ので、どうしようもないといえばどうしようもないのだが、この仕組みを正しく知れば、いいかげんこのしょうもない仕組みから脱却しようという、魂の意志は得られる/インスタ映えが今多くの人にピンと来るように、実は、今は信じがたいかもしれないが、放物線と直線の交点が二次方程式の解として「二つ」得られるというのは、人間映えするのだ、そのことをどうか魂の隅に、へえええと面白がっておいていただきたい。

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