☆いい女☆で行こう!

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新たなナゾ、「自分から教わろうとする」ということ5
「わからん」というのが正常な状態であって、「わからん」を持たないものはカミサマだけだ。
その点、「わからん」という表情をぶら下げて、「教えてもらおう」「助けてもらおう」とパニクっている者を見ると、これはさすがに許しがたく感じる。
なぜコイツは、最低限、アレクサンドリア大図書館にある書物をすべて読破したわけでもないのに、自分の「わからん」が「大ピンチ」になるのだと、説明不能の怒りを覚える。
仮に、お釈迦様の亡き後、羅漢様が多数いらっしゃって、その中でも読み解けない経文があったりしたら、そのときにはわずかに目元にピンチ感がただよってもおかしくないのかもしれない、それに比べてわれわれの「ピンチ感」って……日経新聞に書かれていることの半分もわからない者が、なぜいまさら「わからない」ということでピンチ感を出すのか、これはもう根こそぎ間違っているので、これからチャーハンにウーロン茶を入れて一人で大ピンチになり続けるように。

ピンチしのぎの「わかる感」を求める奴は、本当に中学校に戻るように、いやこれは冗談でなく、そうしたことが精神安定に必要な人も本当にいるのだと思う。
2たす2は4ですよ〜ということを、先に入力されておいて、テストに「2たす2は〜」と出されて「4! 4!」と答えたら、マルがもらえるし、わかる、わかっている、ということになるのだろう、実際そういう精神構造で、ルーティーンワークとして生を過ごさねばならない人がいるのも知ってはいる、だがそれは残念ながら学門ではない。
当たり前だが、すべての学門は「わからん」のだ、この世の物質はすべて原子から出来ていますというのも、それが一番矛盾無くすべてを説明できる「仮説」ですということにすぎない、これを「原子を知っているから物質がわかります」と捉える奴は、どうあがいても学門に触れることはできない、どれだけ成績がよくても、それは学門の取り組みではない。
「わからん」のが、正常の状態で、神ならざる身にずっと続くことなのだ、これを「わかる」に貶めようとすることはたいへん投げやりであって冒涜だ、自分から教わろうとしろ、自分から教わりにいけ、それはわかるためではなく、追究しつづけるためだ。

あなたが持っているのは、「わからん」か「不満」のどちらかだ。

自分から教わりにいかないのは、あなたが持っているのが「不満」だからだ、こんな馬鹿げたことがあってはならない、ただちに修正しろ、あなたは重大な誤解をしている、あなたはどこの正解.comというサイトを検索しているのか知らないが、「わからん」ということがすべてのときめきだ、解決を欲しているのはあなたが安易に自分をカミサマだと思い込んでいるからだ、「わからん」というときめきがあれば、あなたが自分から教わりにいかないということはない、あなたには誰かに訊きたいことが具体的に山積みのはずだ。
学校教育の方式はすべて忘れよう、学校の先生が「わかっている」のは、学門を取り扱わず、テストを取り扱っているからであって、そのテスト問題を自分で作っているからだ、学校の先生はその意味で「わかっている」にすぎず、だから生徒たちに対して壇上から「わかるように薄めたエキス」を注ぐことができるにすぎない、あなたはそれをこぼさず飲めばテストで満点を取れるが、この方式のことは全部忘れよう、テスト用の知識だって基礎知識としてすごく大事だ、それを教え込む苦労だってあるには違いないが、もうこの際は関係ない、あなたは先生と呼ぶべき存在が、「わからん!!」ということに向けるきらめく眼差しを見たことがない。
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