☆いい女☆で行こう!

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世界に名乗りを上げること2

に僕が、「九折空也といいます、趣味で歌とダンスをやっています、ここでちょっと唄って踊ってよいでしょうか」と言ったとする、これはいかにも話がおかしい。
何がおかしいといって、そこで僕が唄って踊ってをやりはじめたら、それは僕が自己紹介して「知り合い」になったから、「知り合い」の上で何かをおっ始めるということじゃないか、それはどう考えてもキモチワルイし、そんなことで唄って踊ってを見せつけられるのは知り合いの側はストレスだ(空気を読んで拍手させられるだけだぜ、つらい)。
そうではなくて、当たり前に正しい手続きは、僕が唄って踊ってをしているところ、それが妙にソウルに響き、「あいつは誰だ」「あんた何者よ?」ということになって、そこから訊かれて、「名乗る」という具合だ、そうでなきゃ唄って踊っては相手に何も届いていないってことじゃん/それをオメエ、知り合いになったからには強制的に見ろ、そして拍手しろ、という恫喝でやりこめるのはタチが悪い。
僕はいつも思うのだが、単に女の子をデートに誘うのだって、「知り合い」になってからデートに誘うというのは、根本的にヒキョーだと思う、だって相手は断りづらいじゃないか、「知り合い」に誘われたら/「知り合い」になってから、イイコトをしようと画策する、そういう浅ましい発想をせず、何かしら人としてソウルを響かせ、そこからデートに誘って「アンタ誰なのよ」と笑われるという、そのことをスタートにしないといけない、<<知り合いじゃないけど、アンタのことは覚えているわ>>という状態にならないと、それはソウルに届いていないということなのだ。

お互い、へっぽこでもいいじゃないか、まず世界に名乗りを上げよう、つまり「知り合い」の工作で自分の存在をインチキするのをやめよう/まずそのことを覚悟しないと、ソウルはいつまでも昼寝したままなので、これは覚悟して実行するよりしょうがない。
実際に、その覚悟をすると、ソウルが活動し始めて、いろいろまともなことが起こり始める/僕の友人は、これまでに幾度か体験があるはずだ、僕が咳を外すと店員さんがやってきて、「あの方は何かの先生ですか?」と訊いてくるようなことが、わりと珍しくないというか、いっそ定番の現象としてある。
人は、何を視ているのだろう、不思議なものだが、初対面から「ボス?」と言われたり、「何か、音楽の指揮者?」「芸術家?」「絵の先生?」と、まっさきに「あんた何者?」を訊かれることはよくある、だがこれはあくまで、知り合い術を放棄してソウルプレイヤーたるを選んだ後の結果だ、先に知り合い術をやめる覚悟をしないとこのことは性質として発生しない。
「人格」という言い方でいうと、自己紹介と知り合い術というのは、「人」の現象ではなく「格」の現象なのだ、立場も用事もないときに「格」を振り回すのはやめよう、年齢と共に格が拡大すると、もう弱っちい「人」を見せるわけにはいかなくなって、完全に手詰まりになってしまうから。

「もう一度会いたい」というのは、「もう一度唄って!」「もう一度あの話を聞かせて!」というのと同じだ。

どれだけ歌が上手に思えても、「もう一度唄って!」と求められるかどうかは別だ、「もう一度」を求められるというか、懇願されるというのは、完全に別の事象であって、それだけにこのことに食いついていかないようでは筋が悪い/どれだけ立派な「格」、どれだけ立派な身の上でも、その身の上について「もう一度聞かせて!」ということは起こらない。
ソウル(魂)というのはそういう性質のものだ、「もう一度あの光景が見たい」「何度でもあの場所に行きたい」、それと同じ次元に、「あの人に何度でも会いたい」ということが起こっている/だから名乗りを上げるということは、自己紹介を説明することじゃない、己の現象とソウルのありようをライブで示す覚悟だ。

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