☆いい女☆で行こう!

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自分が所属する世界の風(を呼び込む)

変わらず、何のあてどもなく、際限のない「話」をしているのだが、こうしたことを当然に積み重ねることで、そのたびに或る種の「風」を呼び込んでいることに気づく。
これが、「行」ということの本質だと思うが、理由なしにガッツリと「行」を積むのだ(もちろん手抜きしてはいけない)、そうすると「行」にふさわしい、何か所属する世界の風が吹き込んでくるようになる、それで自分の所属する世界が変わるのだ。
このことの原体験や、もしくは「教え」がないと、人は「行」というのをどのようにしたらいいのかがわからない、目的をもって「行」を積むと、それはもう「行」ではなく「努力」なのだ、努力が悪いわけではないが、努力は人の所属する世界を変更する作用は持たない、人は努力によって己を支配する因果から脱出することはできない(そりゃ仕組み的にそういう性質のものじゃないのだからしゃーない)。
人の行いというのは、いわゆる身口意に発生するものだから、まともな行いをこの身口意に積ませるしかないのだ、目的なしに行を積むと、何にもならない……ような気がするが、そのとおり、何にもならず、ただなぜか別の世界の風が吹き始める、これは単にこの世界の仕組みのヒミツというだけであって、神秘的な現象ではない、別にカミサマがそれを隠しているわけではなく、われわれの認識ではなぜそんなことが起こるのかが了解できないだけだ(でも了解できなくても結果だけ得られたらいいんじゃねーの)。

もちろん誰だって、サイアクな世界の風の中にいるよりは、ナイスな世界の風の中にいたいはずだが、かといって僕は、ナイスな世界の風を呼び込むぜと思って、こんな書き話しをしているわけではない。
ただ結果として、いつのまにか所属している世界と、吹いている風が変わるのだ、なぜなのかはわからない、重要なのは「なぜなのか」とかいうどうせ判りっこない理由の説明ごっこに興じることではなく、ナイスな世界に居続けることではないだろうか/そして叶うことなら、このナイスな世界の奥地にたどり着きたい。
けっきょく、われわれの知らない何かの仕組みがあるということなのだろうな、仕組みがわからなくてもその仕組みは機能していて、身口意がダラダラブーブーしていると、おのずとダラダラブーブー世界の風が吹き込んでくるようになっている、逆に身口意がナイスだぜ愛だぜ光だぜを言っていると、おのずとナイスで愛と光の世界の風が吹き込んでくるようになっている/そもそもわれわれは、窓から吹き込んでくる風ひとつにしたって、自分で決定はできないじゃないか、そう考えればこのことこそ当たり前なのかもしれない。
とはいえ、むろんわれわれには、自意識や意固地や「納得」という機能があって、この世界に向けてナイスだの愛だの光だの言うのにも、内心で「納得がいっていない」ということがあると、表面はどう取り繕っても、やはり本質的にはブーブー言うわけだ、だから本質的にブーブー世界の風が吹き込んでくることになり、けっきょくその人はブーブー世界に所属することになる/ただそれだけのことだから、考えてみればなんて当たり前すぎる仕組みなのだろうと見ることもできる、その仕組みがどのように作られているのかはわれわれにはずっと判らないわけではあるが。

あなたがブーブー世界に住むとしたら、その理由はただひとつ、「そのほうが納得がいくから」だ。

なんというか、本当にただそれだけの仕組みだから、すべては「しゃーない」という一言につきる、納得のいかないことに納得のいっているフリをすることなどできない、ちゃんと人それぞれ、自分の「納得」する世界へ所属するようにできている、僕はこのアホみたいな書き話しを続けることに納得がゆき、あなたはそんなアホみたいなことには納得がゆかないのだから、本当にただ「しゃーない」のだ。
とはいえ、最低限のアナウンスは、道義としてあってよいように思う、「努力では所属する世界は変えられない」ということと、「ナイスな世界に納得していないのであなたはそういう世界には所属できない」ということ/いつだって自分の所属する世界の風を呼び込んでいるのは、僕だけじゃない、誰だって同じだ、誰だって毎日、自分の所属する世界の風を己の身口意によって呼び込んでいる。

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