☆いい女☆で行こう!

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カミサマは冗談

くの人が「カミサマとは何ぞや」に到達することはまずない。
なぜかというと、カミサマというのは、思いがけず「冗談みたい」だからだ。
こんな話をする資格が、僕にあるわけではまったくないが、まあ別にいいじゃないか、それこそ本当に冗談みたいだからいいじゃん、おれは冗談みたいな話をしている。
われわれは人間なので、カミサマというのは、とびきり「マジ」なものだろうと空想している、だが実際は逆なのだ、われわれごときの存在に、ゴタゴタしないからカミサマなのであって、われわれは人間だから己どものことにすぐ「マジ」になるにすぎない、この人間ごときの都合をカミサマに押しつけると、カミサマは視えないのだが、何しろカミサマが冗談みたいなシロモノだとすると、われわれ人間どもは「じゃあ要らんわ、ノーサンキューですわ」と唾を吐くだろう、それがわれわれ人間だ/われわれのためにマジになってくれるのでなければカミサマじゃないです、「認めません!」と、カミサマを決定する審査員の性根がドカンとあるのがわれわれ人間どもの本性だろう。

動画サイトで "own voice" あたりで検索すると、たとえば詩聖タゴールの声が録音に残っていたりするが、詩聖タゴールの声はまるで女の子みたいだ、そしてたとえば合気道の開祖・植芝盛平も、祝詞のようなものを女の子のような声で詠んでいる、それでいえば今上陛下(現天皇陛下)のお声もどこか女の子のような可愛らしさがある。
その声は、たとえば「実録!! ○○ドキュメンタリー!!」のような資料から確かめられる「大マジ」の声と比較すると、まったく違うものだ、タゴールや植芝盛平の声はまるで「冗談みたいな声」だ/「実録!!」のほうは、マジもマジ、気魄にズドンと突き刺さる、血の滲むような声が記録されており、多くの人にグッとくるだろう(だからこそお茶の間に向けて放映するメディアコンテンツにもなるわけだ)。
タゴールの声を聞いて「グッときた」と感じる人はない、植芝盛平の声に「グッとくる」ということはないし、あるいはマイケルジャクソンの声もやはり女の子みたいなところがある、あれも「グッとくる」というたぐいではない/「グッとくる」というのが「マジ」の声だとするならば、カミサマの声はまるで「冗談みたい」な声なのだ、このことがあまりにわれわれの思い入れと相反するから、われわれはカミサマとは何ぞやに到達できない。
声にせよ言葉にせよ「話」にせよ、神々のものは「冗談みたい」なのだ、われわれはそれを「軽視」するので、「カミサマとは何ぞや」に、到達するどころか生涯に亘って接近さえできない……のみならず、われわれはそれを「軽視」することで、ずーっと「侮辱」を継続していることになる、本人にそんな意図はなくても自動的にそうなっているのだ、だから年を経るごとにわれわれはこころの底が何か追い詰められたように黒く澱んでくる/われわれが老人になり、発狂スレスレの眼差しで徘徊するようになるのは、なんとも皮肉な話、常に「大マジ」で生きてきたからなのだ、それは必然のことかもしれないが、それにしても皮肉がすぎる話ではないか。

カミサマは冗談、獣は大マジ。

しかし、われわれは実情として、「マジ」なものしか信仰できないので、まあいろいろとムリでしょーな!! それでもいちおう、知っておけばいつかいいことがあるのかもしれない、「カミサマは冗談」/いつかのとき、筋のいい人がいれば、「最後にはけっきょくこれしか使えねーじゃん」ということに気づくかもしれない、もちろん気づくのは早いほうがいい。
カミサマは冗談であり、カミサマのものは、われわれから見て基本的に「失笑」の対象なのだ、そりゃ母親が娘に超絶絶叫しているところにタゴールの歌声が聞こえてきたら、失笑しか起こせないだろう/僕は最近になってようやくこの「カミサマは冗談」ということがはっきり視えた、何しろ実際には「これしか使えねーじゃん」ということを否応なしに知ったからだ。

正しく見ないとな | comments(1) |
コメント
すごい、すごい。
タゴールの歌、はじめて聴きました。
めっちゃ、うれしくなっています。
ありがとう . . .
そして . . .

ゴタゴタしないからカミサマ
冗談みたいなシロモノ
「これしか使えねーじゃん」

ねー! wヾ(≧▽≦)ノ
2019/01/10 4:48 PM by Yummy
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