☆いい女☆で行こう!

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寂(じゃく)

の協力と幸運とおれさまの偉大さが重なって、ナイスな発見をしたのだが、僕は丸の内の総合商社に勤めていたときに、一度修羅道に踏み込んでいるということが知られた/そのときに、一部修羅道の因果を引き込んでしまったのだ、修羅道の因果は「有」「生」となる。
まあ、何しろこういう性分なので、一旦やるとなったら極端にやるところがあり、当時の僕は完全に鬼というか、修羅の発想に振り切れていた、仕事中は人間など「納期を守るためのマシーン」でしかないと思っていた/今でも純粋に「業務」を仕事と言い張りたいなら、それ以外のことは考えるべきではないと思う、納期と入金を前にして人間など存在しない。
修羅道とはそういうもので、納期さえ守ればテメーのことなんか知るかよ、うつ病にでもガンにでも勝手になってろ、ただし納期は遅れるなよ、というのが一般的に言われている「仕事」のルールだ/別に自宅で首を吊ってもかまわないが納期は遅れるな、そして入金は金額を間違うなよ、「ビルから飛び降りるのはいいけどちゃんと引き継ぎはしたの?」という、ある意味わかりやすいルールがあって、現在の僕はこれを「仕事」とは思っていない、これはただの「業務」だ。
こんな業務に人のよろこびなんかあるわけがないので、というか人のよろこびより納期と入金だけが重要なのであって、そもそも業務に人のよろこびを探す奴の頭がおかしい、というのが当時の僕の文脈だった/納期と入金に遅滞ない奴だけが生き残ればいいのであって、あとはなるべく早く多くのカネを吸い上げた奴が勝ち、それ以外に何もないというのが、少なくとも当時の「業務」のルールだった、今でも「業務」というのはそういうものだと思う、今ではブラック企業という言い方もされるが、当時の僕だと「黒とか白とか、その色と納期に何の関係があるの? とりあえず納期にキャッチアップしてくれる?」と首をかしげていただろう。

今でもやはり、業務というのは原則そのようなものだと思うので、もし学校で強力な「社会人」を育てたいのであれば、納期と入金以外のことは何もしないよう教えるべきだと思う、家族とか夢とか自己実現とか、そんなゴミを入力するからややこしくなる、「納期と入金以外のことを口走る奴は退学にしろ」という教育が、あくまで原理主義的に「業務」「社会人」においては正しいと思う。
輪廻図に示されている六道や十二因果とはそういうもので、「因果」というのは、その道に入り込んでいくと、もうそのことしか見えなくなるということだ、真剣なヤク中というのはもう麻薬のことしか考えられないように(地獄道の「蝕」「受」因果)、真剣な社会人というのはもう納期と入金のことしか考えられない、それ以外のことを視ているような奴は、はっきりいってただの邪魔だ、業務の邪魔/これは誇張ではなく、いわゆる「社会人」になるように言い立てられた人は、そういう道を往かされるのだと前もって覚悟しておいたほうがよいと思う(それでも修羅道はいわゆる「悪趣」ではない)。
仏教説というか古代インド哲学の説では、人は煩悩によって六道を輪廻し、それぞれの道における「因果」のものが、「見えてしまう(消せない)」ということ、そしてその因果が「見えてしまう」ことによって、本来の視えるべきものが見えなくなるというか、「そのせいでずーっと見えないんですけどね」というのが続くというのが、人の本質だと捉えている/僕の場合でいうと、一時期に修羅道に踏み込んでしまっているので、だからこそ神戸の街と目黒の街の視え方が違うのだ。
まあ視え方の違いは、僕自身だけでなく、そこで暮らす人々の違いや、時代全体の違いもあるけれども……何にせよ、もうネタは割れたので、こうなるともう学門のほうが強い、正しく究明の手続きを経た学門は、本当に容赦なく蒙を啓いてくれる上に、思いがけず短期間でバッサリいってくれるからいつも安心できる、これはもう「学門の勝ち」なのだ。

仏教説によると「有る」と見えるのはアホのせいであり(修羅道)、「無」と見えるのもまたアホのせい(天道)だそうだ。

確かにしょーもない煩悩がなければ、「有る」「無」とを分離して捉えるとかいう、ヒマかつセンスがないようなことはしないわな/体験から確かめられるしょーもない僕の勝手な説によると、「有る」というアホの見え方が失せ、正しく視えることを「寂(じゃく)」という、僕にとって神戸は寂であり目黒は寂でないので、それが僕自身「社会人」という経験で引き込んだ因果によって蒙昧になったということの証拠になる。
正しく究明の手続きを経た学門というのは、本当にクリティカルなもので、僕はもう「寂」の一言で、引き込んだ修羅道の因果を打ち消すことができる、これを「消滅」させるにはもうちょっと時間が掛かるが……しかしネタが割れてしまえばあとはアッサリしたものだ、僕はふたたびこの街を「寂」の中に歩くことができる。

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