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男女関係とクリエイティビティ

験的にも疫学的にも、「男女関係が損傷するとクリエイティビティが失われる」という現象があるみたいだ。
男女関係がまともでないと、イイものは産み出されないわけだ、つまり現代がどこか薄ら寒いのは、女性のみなさんの責任ですよ!! そして男性のみなさんの責任です!!
男女関係がまともというのは、セックスの問題ではなく、むしろセックスなんかするから男女関係がメチャクチャになるというか、男女関係が壊れても動物としてのオスメスの関係は残ってしまうということを忘れないように/動物のオスメスに「クリエイティビティ」はさすがにない、何も産み出されないのにズッコンバッコンしたら精神がビョーキになるに決まっている。
まともでない男女関係に巻き込まれるか、そうでなくとも、まともでない男女関係を見せられるだけでも、クリエイティビティというのは羽を生やして飛んで逃げていってしまうのだ、そりゃ現代になってどれだけ映像技術が上がっても、「ローマの休日」をまともに撮り直せたりするわけがない、男女関係が無くなると創造への接続が断たれるようだ。

最近は、少年みたいなタイプのジャニーズが、主に中高年層の女性にウケているようだけれども、さすがにその少年ジャニーズが女性に向けて、「お嬢ちゃん、かわいくおめかしして、どこいくの」とは言わない、少年ジャニーズは美形だが石原裕次郎ではない。
男性アイドルにしても女性アイドルにしてもそうだが、現代における「理想的異性」の像は、輝ける男性・女性の姿として称えられているのではなく、ずばり言えばいわゆる「性癖」にドンピシャだから称えられているという向きが強い、向きが強いというかずばりそのままだと判断したほうがよさそうだ。
石原裕次郎は、当時の男性から見ても「かっけー」と惚れるところがあったろうが、現代で女性にウケている「イケメン」は、男性から見てあまり「かっけー」と惚れるような対象ではない、女性から見た女性アイドルもそうだと思うが/つまりセックスの妄想やオナニーのオカズとして「そそる」、性癖(逸脱した性的嗜好)をくすぐる、そういうパラメーターで男性と女性がターゲッティングされている、いわゆる「シコリティが高い」という捉え方でしか、もう異性を見ていないのだ。
それは、異性を侮辱しているというような話ではなくて、誰もそんな意志はなく、本当に根源から「え? 異性ってそういうものでしょ?」と思っているのだ、異性を侮辱しているのではなく、オスメス以外の異性、シコリティ以前の男性や女性というものがもう「無い」のだ、ガチでこんな精神構造になってしまったものが、今さらシェイクスピアのモチーフに影響づけを受けることなどできない、そこまで含めて「男女関係が損傷するとクリエイティビティが失われる」と考えることができる。

われわれは、セクシャリティをシコリティで上書きした。

男性も女性も、ふと自分がオナニーをするオカズを見て、「なぜこんな、性別としてブッ壊れたものを、自分はオカズにしているのだろう」と、自分のことが薄ら寒く思えるときがあるはずだ、それはすでに己という個体が、男性・女性というセクシャリティの世界には住んでおらず、それとはまったく別のシコリティの世界に住んでいるということだ/一部にはLGBTの関連で、この破損が背後にある人もいるかもしれない、よもや自分でセクシャリティのこじれだと思っていたものが、シコリティのこじれだとは発想しないものだ、現代では異性愛(ヘテロセクシャル)者も、実際にはそうではなく「ヘテロシコリアル」にすぎないというケースが多い。
われわれにとって現在、何にシコれるかというシコリティはセンシティブな問題だが、セクシャリティというのは基本的にもう無い、「無い」と考えるのがあるていど妥当だ、われわれがセクシャリティを自認するのは、われわれがたとえば愛国心を自認するぐらい無理がある、もうそのことはいいだろう/別にわれわれが「男と女」ではなくなって「シコとシコ」になったとしても、何が悪いわけでもないし、誰が困るわけでもないのだが、そのことによってクリエイティビティの全般が根絶されるという性質が窺われるのだ、それはまずい、それはつまり「シコとシコ」の世界に首を突っ込んでいても、永遠に一ミリも面白くないということで、これはゆゆしき問題なのだった、もちろん解決の方法は今のところまったくない。

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