☆いい女☆で行こう!

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男女関係とクリエイティビティ3

れながら、いい発見をしたと思っている、「男女関係が破損するとクリエイティビティが失われる」、その失われたものは上っ面で戻ってくることは永遠にないし、クリエイティビティが失われる理由は「恐怖」だ/今、多くの男性にとって、女性とデートするのは「楽しみ」ではなく「恐怖」だというのは、なかなか有為な指摘だと思っている、むしろ女性のほうが「なるほど」と思うかもしれない。
男女関係が正常化しないと、クリエイティビティなんか「無い」のだ、そりゃあってたまるかよという話ではある、冷静に考えりゃ誰だってわかるだろ……そして男女関係を正常化するというのは、セックスをしましょうということではない。
セックスをするというのがどういうことかについては、僕などよりヴァージンの女の子のほうが専門家だろうし、苛烈なフェミニズムの勢力のほうはもっと専門家だろう、僕などはたこわさびで酒を飲んでいるだけのヘッポコヘチマ野郎だからどうでもいいのだ、この自分への悪口もテキトーすぎるが、この悪口が手抜きなのは根本的に僕の機嫌が良いからだった。
正常な男女関係においては、セックスなんかしなくても、男女である以上もともと愛し合っているということだ、それを強引にシコ交パワーで何か正常なふりに持ち込もうとするから、ますますややこしくなるのだ、セックスなんかしなくても男女というのはもともと愛し合っているのデース、ちなみにセクハラとフェミニズムの戦いは、愛し合う男女の戦いではない(当たり前)。

桑田佳祐もマイケルジャクソンも歌っているように、男女というのは条件付きで愛し合うものではない、そこの前提がまず違うのだろうな/どうもほとんどの人は、男女は或る組み合わせにおいて特定の条件が整った場合にのみ愛し合うと捉えているようだ、それではもう根本が違うので、プールにサンポールの瓶を投げ込んで管理員の人にめちゃくそ怒られてこい、男女は誰とでもセックスしていたらビョーキだが、セックスなんか関係なしに、男女なら誰でも基本的に愛し合っていないとウソだ、どうしてハズレ男とハズレ女を男女のメインパーソンに選ぶのかね、あなたの食べるアサリには全部砂が入っているのか。
男女というのは無条件でまず愛し合っているので、つまり、僕が無条件に愛しているのが女であり、僕のことを無条件で愛しているのが女だということになる、もしこの例から外れる者があったとしたら、それはシコ女・シコ男(しこめ・しこお)のたぐいだ、そういう奴はドンキでカルマ洗浄剤でも買ってくるしかない。
男女というのはまず、セックス関係なしに愛し合っており、この男女が元から愛し合っているのを国というし、また世界ともいう、国から弾き出されている男とか世界から追放を受けている男とかを観察して何になる、「ゲンナリしました」というレポートを作成すること自体アホみたいだ、そりゃ前もってゲンナリするものを調べているのだから何のレポートにもなってやしないよ。
男女というのは元々愛し合っているもので、だからこそどうしようと、互いを大切に、支え合って慈しみあうんじゃないか、その結果として、いくら男女だからって「乱暴にはできないね」ということになる、それを「性欲」とか言っている人は、いったいホントに何のことを言っているのだろう/男女は元々愛し合っているもので、そうではないパターン、つまりヨソの国の話をしないでくれ、この世界があり、何かよくわからないこの国があって、この国と世界の外側にはシコ界があるらしいが、そのシコ界隈を土台に主張を繰り返すからハチャメチャになるのだろう。

世界があって、国があって、男と女がある/世界がなけりゃシコとシコだ。

国って、国家のことじゃないよ、国家のことではないけれど、国がなけりゃ獣じゃないか、獣にクリエイティビティはなくて、ははーん、反対のアビリティがあるのだろうな/創造の反対は破壊ではないが、その説明の前にまず、ははーん視えたぞ、クリエイティビティがないのではなく、反対のアビリティを持っているのだな。
漠然と「国」と言っているけれど、この国の外側というのではない、「国」という現象と反対の現象があるのだ、国の反対、世界の反対、ノン国、ノン世界、それはひょっとして「地」のことか? われわれは慣習的に自分の場所のことを「地球」と読んでいるが……ああ今、時間と紙面が足りない、またいずれ、シコと地の話、男女の反対は地にあるのかね。

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