☆いい女☆で行こう!

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「地球外生命体っているんですかね〜」「お前さぁ……」

球外生命体はいるのだろうか、というネタで、話が盛り上がるとき、いやそんな話で盛り上がるときなんて実際にはないけれども、このネタについて僕はいつも思うことがある。
地球外生命体というのが、いるのかいないのかは知らないし、どうせ知りようもないのだから興味もないのだが、もし「いる」となったら、それはもうきっと、宇宙にぎっちょり、有象無象にひしめいているぜ/地球外生命体が「いる」とかいうレベルではなくて、タウンページの何億倍も、リストに書き切れないぐらいいるぜ、その中で地球の存在なんか忘れ去られるぐらいだ。
どうもこの、「地球外生命体はいるのだろうか」というネタについて、発想の根本のあさましさというか、増長を感じて気に入らない、全宇宙は全体がメガロポリスみたいに生命体だらけで、地球もその中の小さな一部屋にすぎないという可能性を考えないのだろうか、その視点からいえば「地球外生命体」という言い方そのものがヘンだ、まさか太陽系しか宇宙がないとでも思っているわけでもあるまいに。
なんとなく、「地球外生命体」というのではなく、宇宙全体がアホみたいに生命体まみれだったとすると、われわれ地球の住民としては「夢がない」と感じられるのだが、僕はどうせ仮想するなら、その夢のない仮想が好きだ、「何が地球外生命体じゃ、アホらし」「これだけ生命体がひしめいている宇宙で、よく地球限定の視点なんか持てたな」「新宿で電球を自慢しているぐらいアホだぞ」/単に観測しえない宇宙全体のことを考えるにしても、「生命体でぎっちょり」という可能性を持ち得ないのでは知性として何かがマヌケだ。

宇宙は広すぎるので、というか、宇宙のエリアに比べると、三次元で最速たる「光」の速度が遅すぎるので、どうせ他の生命体とは接触できないに決まっているが、もし生命体が単なる偶然の産物ではなく、何かしらのインテリジェンスの作用が及んでいるのだとすると、そりゃもう宇宙は全体が生命体でぎっちょりだろう、この宇宙に恒星(太陽)の数って、400,000,000,000,000,000,000,000個もあるんだぞ、この恒星系に惑星が複数個くっついているんだから、もういくらでも生命体スポットはあるだろう/仮に太陽2000億個にひとつ、生命体のある惑星が生じるにしても、宇宙全体では2兆個の生命体惑星があるということになる、その中のひとつでしかない地球が、ことさら「地球外生命体!」などと言い出すのは、何か気恥ずかしくてイタい話だ。
だいいち、われわれが知っている「惑星」って、もうけっこう前にボイジャーが頑張って海王星ぐらいまで見に行ったのが限界じゃないのか、そんな情報量で地球外生命体を考察しようなんてどう考えても片腹痛いぜ/太陽系をがんばって調べましたというのは、宇宙全体の広さに比べると、まるで世界中のすべての書物を知ろうとするのに、「五十音で、あいうえお、かきく、まで覚えました!」と言っているようなものだ、人類の歴史をフル出力してそのレベルだから、もう初めからムリなのだ、人為以外の何かが用意してくれた量子テレポーテーションでも起こらないかぎり、われわれが他の恒星系の惑星のことなどを知る方法はない。
ところで、それに付随して思うのだが、われわれは聖書や仏典やその他の聖典や神話を読んだとき、それがわれわれの知る地球の歴史と整合しないので困惑するのだが、それは聖典や神話に書かれていることを、地球限定の出来事だと勝手に決めつけているからではないか? もしわれわれの魂に「輪廻」というようなことが本当に起こるのだとして、その輪廻が地球上だけで起こるとは限らないじゃないか、この宇宙が生命体でぎっちょりなら、他の恒星系や、場合によっては他の銀河、他の宇宙(マルチバース)に輪廻するという可能性もある/また、UFOとか宇宙人襲来とかいう前に、他の恒星系から輪廻してきた魂もこの地球上の誰かには混ざっているという可能性も考えたほうが、まだ説得力があるじゃないかと、僕は仮想にせよ思っている。
聖典や神話には、「んなアホな」と言いたくなるような話も混ざっているのだが、それが「んなアホな」と聞こえるのは、われわれが地球のことしか知らないからであって、ヨソの恒星系から輪廻してきた魂がレアケースとして混じっているなら、神話に書かれているようなことも実際にあるかもしれないではないか/われわれはあまり自分のことを賢いと思わないほうがいい、古代ギリシャ人が根拠無く言い張った、「完全数496は宇宙創世に関係がある数字」というのが、まさか現代に来て「マジだった」と知らされるとは思っていなかったし、古く仏教において「十方世界」と書かれてあっても、この宇宙は10次元+時間次元という最新物理学に今さら驚かされているのだから、われわれの常識なんていつも何も賢くないのだ/宇宙には生命体がぎっちょりで、魂の輪廻は地球に限定されずあちこちに行くこともありまっせという、夢のない仮想が僕は一番しっくりきて好きだ。

地球外生命体は「いる」と主張する人こそ、それを地球外だと "珍品扱い" しているのがヘンだ。

もし地球外生命体が「いる」のなら、それはぎっちょりいるのであって、「珍しいもの」という扱いではないはずだ、そちら側の人こそ、地球を主格扱いする気持ち悪さをやめるべきではないか、自分たちの乗っている船以外はすべて海賊船に見立てるというのは精神的にどうかしている/地球外生命体は、「飽きてつまんねーぐらいいる」と言い換えてはどうだろうか。
ずっと前から、人は猿から進化したというダーウィンの説について、それが聖書の表記と異なるということで揉め事が起こっているのだが、それだってたまたま地球の猿に、はるか遠くからアダムとエヴァの魂の断片が輪廻してきて、その結果として猿が二足歩行する「人」になっていったということなら、つつがなく説明がつくのじゃないのか、まあそんなことはどうでもよくて、こんなところで戯論を言い立てていてもしょうがないのだけれど/誰の何にも関係ない、まったく意味のない話をしてしまった、うーむ反省はしていない。

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