☆いい女☆で行こう!

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"ガチ"

羅万象、真空の気に満ち、天から人へ命令が下りているところ、是を能くするのが吾ら無上の唯一の道であります。
しかるに、天から人にと、命令は常なれども、天からわたくしへ、吾我へ、寵愛を受けたのごとき特段の命令が下ることなどありえないのです/そのとき偶々選ばれた者がその場にてわたくしだったということはあれども、そのとき吾はただ人なり、吾が吾のまま天意を能くするということはありえません。
天意を能くするとき己は必ず人であります、吾我から離れて天意に従う人々の一端となりて、よってそこには他ならぬ人々そのものの光景が現成するということになります。
浅薄には、人はそれぞれに上下、優劣の身に分かたれては、ときに虐げらるが謀反せんともがきたるがごとくに見えますが、真に天意に従いて人々の光景が現成するところ、上はただ上の人なりて、下はただ下の人なりける、もって人々そのものの現成と為すは、誰の精神にも直截の本懐なのであります、このよろこびに一度でも浴したるはその者の生涯の果報と相成るでしょう。

きょうびわれわれは "ガチ" といって、天意から見放されたるましらどもの、血眼になった闘争こそを、一種真実の姿だと称えて、あろうことか猿の合戦に真の天分を見いださんと、曲学の鬱血を祭壇に奉っております/そこに醸されたる迫力は、天意から見放された人々の行方のなさ、無明の叫喚に他ならないのですから、これを "ガチ" だといって奉るようなことがあってはなりません。
われわれは、己が身を清浄に錬磨し、精神を正しきに修め、常に真空の気の満ちたりしに育て上げ、天意あらざるは微塵も動かざるも、天意に従いては勝速日に動くというふうに、この地に立てられたアンテナそのものに己をならしめねばなりません、すべてが天意に通じた命令の園となるとき、人々そのものの姿は初夏の花壇がごとき繚乱と無縫の光景と相成ります。
たとえば戦争においてさえ、そこに軍神も武産も見守りあそばず、ただ血に駆られた "ガチ" どもの、つまるところは生産と名誉の奪い合いをするのであれば、たとえそこで仮初めに勝利者となりえても、この勝利者は魂に何らの果実も得ず、内心では己の為した魂の空漠と荒廃に只々心胆を寒からしめられるでしょう/そしてやがては己の掘った暗渠の墓穴が、どのようなおそろしい先へとつながっているものか、己で見分しにゆくことになるのです、これまでに何の光景も得なかった者が、ついに "すべての光景がない世界" へと己を連行してゆくほかなくなります、わざわざそのような暗雲へ己が生を費やしたとはなんと無念なことでありましょう。
而してわれわれは、いつのまにか刷り込まれた曲学阿世そのものたる "ガチ" の酸鼻に不毛を見抜き、いついかなるときも、天意に殉じたるときは吾と彼でなく人と人であると、われわれの得るべき光景の荘厳へ一刻も早く目を覚まさねばなりません。

人々は上下にも共に勝者たるも、吾と彼ならば闘争を俟たず敗者たり。

いかなるときも、吾の力を恃むのではなく、森羅万象を尊ぶのです、言霊は天地に響きますよう、能く見れば人々は天意の下に協したる不可分の者たちにすぎず、然れば吾が勝ちたるや彼が優れたるがごときはなく、あとはところどころに虫食いとなった "ガチ" の人々があるにすぎません/またそうした "ガチ" の人々も、己が協せざる見放されし者ということを明らかに知った方がよいのです、光景のない世界へ誰かを蹴り落とそうした呪は、必ず己のぶんも穴を空けています。
 "ガチ" の人は、そうして己が空けた、憎悪の呪の穴、無限に光景がない穴のことが怖いのです、よって真空の気を己に満たすことはできず、重い空気の気を体内に充填して、己を固定しています、このことは、かつて呪った強度の何倍もの強さで、真にこころの底から悔いるまで消えはせず、何より「もうこの "穴" から逃れられないのだ」と決断して悔いる必要があります/悔いのあとに何かしらの救いがあるとしても、吾の力で逃れて解決できると思い込む傲岸のうちには、救いの妙手が届いたりはしないからです、救いは必ず吾我の無力へ完全に行き着いた後にしかもたらされません。

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