☆いい女☆で行こう!

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"ガチ" 2

あきの人が増えてきました。
穴あきの人は、どこかで誰かに "ガチった" のです、ガチるということは必ず呪詛を含みます、そりゃ全力で呪うぐらいしないとガチとは言いませんから。
呪いなんてオカルトなので、効きはしませんが、呪いを掛けた人同士には効きます、呪いを掛けるには己が呪いを信じ込まねばならないからです、そうして信じ込んだ結果、その当人同士には呪いが効き合うという、オモシロつじつまが用意されています/そりゃオバケを信じていない人が呪わしいオバケの話はできないように、呪いを信じていない奴は呪いを掛けることはできません。
どこかで誰かに(何かに) "ガチった" 人は、そのとき呪いの穴を自分の精神にポッカリ空けているわけです、そりゃ自分で空けたのだからしょうがない、その後は自分がその穴に吸い込まれていかないよう、自分をガッチリ固定していなくてはならないのでした、こういう人はこの先ずっと自分の固定した範囲の中でしか動けません、「諸事情あって命綱つきの人生です」というような形になります。

「人を呪わば穴二つ」というのは、まさにこのことで、人の背後に「闇の穴があるぞ、闇の穴に落ちるぞ」と呪いを掛けるには、その穴の存在を信じ込まねばならないので、自分の精神の中に、その穴の実物を構えねばならないのでした、自分の精神に自分で穴の実物を構えたら、そりゃ穴が空いていてアタリマエ/誰かに(何かに)ガチった人は、この自作の「闇の穴」前提で生きねばならず、それはガチったり呪ったりしたことのない人から見ると「?」「この人はなぜ、入念に命綱を巻いているのだろう?」と見えるわけです、だがそれは当人にとってマジの命綱であり、つまり「闇の穴つき」の人とはあまりにも事情が異なるということが、見えないところであるのです。
この「穴」があるので、かの人はフィクションの世界で大いに羽ばたけないのです、穴のない人はフィクションの平原を自由に飛び跳ねてゆけますが、「穴」のある人はそうはいかない、「むかし自分で、この平原に穴を空けましたので……」と、常にリアルにビビりながらしかフィクションの平原を歩けない、そうしてリアルにビビりながら歩いているということは、それはもうフィクションの平原ではないのであります。
血眼、血涙、充血、流血、鬱血、血縁といって、呪いは主に血を媒介しますが、ノンフィクションの血液がフィクションに流れ込むと、肉に血が染みて、肉に霊が宿らなくなります、この血がフィクションの平原に穴を空け、当人はその穿たれた穴に落ちないようにしないと……と、ずっと恐怖と警戒を保ったままその先をゆかねばならなくなります/「人を呪わば穴二つ」、それはもう穴がひとつでもあると自由に跳ね回ることはできないわけですが、実際には穴がひとつどころではない、日常的に誰かを(何かを)呪って生きてきた人は、落とし穴だらけの平原を一歩ごと検査しながらしか歩けなくなります、そんなものを「歩いている」とはもはや呼べないかもしれませんけれども。
中学のころを思い出してください、何か「学門」ということからあまりにも縁遠い気配の人々は、何か荒み、やつれてあわれで、何かが呪わしくあり、下品で、口や声が汚く、人当たりはどうごまかしていたとしても、何かどこかずっと「上の空」ではありませんでしたか? あの「上の空」は、ずっと自分が自分の空けた穴に落ちないように、気をつけ続けているということです、その穴に落ちたら本当に「落下」しますからね/知能の問題ではないのです、そうしてフィクションの平原に穴を空けて生きてきた人というのは、勉強そのものが「恐怖」なのです、学門というのもフィクションの手続きを経るものですから、穴を空けて生きてきた人にとっては、勉強するということは己の穴あきの平原をまた歩かされるという、恐怖そのものなのでした。

穴あきの人は、「右手を挙げてください」と指示されるだけで、サッと「恐怖」が走ります。

なぜなら、言葉そのものもフィクションだからです、穴あき平原を歩かされる人は、「右手を挙げて、図(2)にある c 方向に伸ばして前後の人と対峙してください」と指示されるだけで、正直「恐怖の嵐」なのです、だからこの人は、恐怖から逃れたいがために、ずっと筋肉の単一作業を繰り返していたいと望みます/たとえばポル・ポトが志向したように、すべての知識人を殺し、すべての書物を焚し、指導者に指示された農作業だけを肉体労働として繰り返して生きればよいというのは、最もノンフィクションにのみ密着した生き方でしょう、こうすれば人は己の穴あき平原のことをなるべく忘れていられます、思えばポル・ポトというのもそういう人だったのでしょうか?
 "ガチ" る → 呪う → フィクション平原に「穴」が空く → フィクションが「恐怖」になる → 言葉、数式、学門が「恐怖」になる → すべてのやりとりが「上の空」になる → 単一作業をして生きたいと望む、という、こういう仕組みです/誰かに(何かに)ガチった人は、そのガチ勝負に勝ったにせよ負けたにせよ、そのときに空けた穴のせいで、その先はずっと恐怖&上の空になります、そのサンプルは意外なところに見つかるでしょうし、そのほかにもテレビメディア等でいくらでも見つけることができます。

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