☆いい女☆で行こう!

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生前と死後2
まり、「そんな人はもういない」のだが、「あの人」はいるのだ。
ああ、楽園の味がする。
すべては、「あの人」という存在を、生前情報で捉えようとするのが悪い。
楽園というとトロピカルの味と香りがする、なんとわたしの想像力のベタなことよ。

生前の人をガンガン祈りまくるのはたいへんよくない。
逆に、存在しない人に向かって、呪いをかけるようなことになるからだ、もちろん存在しない人に向けて呪いをかけているのだから、それは全部自分に返ってきてしまう。
生前の○○さんの記憶がはっきりあるということは、生前の○○さんが、呪われている度合いが高かったということだ/網膜や鼓膜に焼き付いているというのは、呪いなのだ、「思い出せる」ということは「染みついている」ということだから。
本当に「存在」に近づいた人は、フワッフワした「あの世」みたいなところにいくのではなく、現実以上にバリバリの「あの世」に行くのだ/われわれにはきっと、真のあの世が現世よりもバリバリであるという可能性を想定する知性が足りない。

この世は「地方」で、あの世は「中央」だ。

片田舎から出たバレエダンサーがパリで踊るようになったら、それを「どこかで達者に……」とフワッフワには想定しない、片田舎よりパリの徒真ん中のほうがバリバリだからだ、そして中央で踊るようになったとき、すでに「地方にいたあのコ」は存在していない/「地方にいたあのコ」を抱え続けているのなんて地方に残り続けている者たちだけだ。
われわれはどうも、タチの悪い田舎者と同様に、この地方の感じを、世界の中心だと思っているようだ、いちおう地方より中央のほうがバリバリというのが正規なのだから、地方にいる奴が中央に行った奴のことを祈ったり悼んだりするのはどうかと思うよ。
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