☆いい女☆で行こう!

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生活力と魂(命)の合理化2

いうわけで……ありゃ、気づけばバレンタインデーじゃねえか。
記事タイトルはアレだが、そのことはさておき、この偉大なるおれさまにステキなラブメッセージでも送るように、さもなくばすべての靴下の中に小石が入るという呪いにかかるであろう。
モチベーションのことについて考えなくてはならない、モチベーションは実際的な問題だ、誰だって頑張るつもりはあるのだが、何をアテにして頑張るのかという問題が常にある、それこそキミがこの世に生きる理由はこのおれにステキなラブメッセージを送ることそのものにあると思うが、そうしたことをわからないようになると、人はもったいつけてビールがジョッキ半分しか飲めないというテイタラクに行き着くだろう。
ぐいぐい飲めよな……まあそれはいいとして、モチベーションの問題だ、いろんな学業や業務があるが、そんなものにモチベーションなんか持たなくてよろしい、業務はフワッフワこなすようにこころがけよう、バリバリこなすことはあなたを力強く安定させるように見えるが、気づいたころにはすでに「あなた」ではなくなっているから。

なんというか、あまり人をアテにしないことだ、業務もアテにしない、特に、業務をバリバリこなしている人をあまりアテにしない、なぜならバリバリこなしているその当人も、本当はよくわからないままバリバリこなしているからだ/業務をバリバリこなしている人は、当然ながら、その業務をこなしていった果てに何がどうなるのかについてはまったく知らない、そういう限度付きだということを忘れてはいけない。
業務をバリバリこなさず、何か別のことで動くべきだ、別のことをアテにして動くということ/バリバリこなさないということは、沈滞して動かないということではない、サボるのはかまわないが、沈滞してはいけない、業務は「やっていない」という感覚でいることが大切だ、それでいて沈滞せず動いているという状態を保たねばならない。
「バリバリ」というオノマトペがつくのは、何か固いものが折れ・剥がれ・砕けるからだ、沈滞している心身を力づくで破砕している音にすぎない、だから「業務」に首ったけになってはいけない、当たり前だが人は本質的に「業務」などで流麗に動いたりはしない/月曜日の朝から起きないということには無理があるが、かといってバリバリで目覚めるということのも実は最終的には無理がある。
「業務」というのは、「やらない」「やっていない」もの、これがコツだ、何のコツかというと、動きながら、業務の用事が消えていくよう立ち回りながら、それでも「業務」をやっていないという状態を目指すことに、非常に強度の高い魂の訓練があるということだ/業務を「やらない」、「バリバリやらない」、それでも業務の用事が済んでいるというふうに動きつづけるということ、これを目指せば間違いなくそれは高度に洗練された「道」になる、その点で「バリバリ」は「外道」だとみなしていい。

ポンコツになって業務を消せ。

われわれは、やりたくもない業務をやるとき、業務だからやらざるをえないと認識し、やむをえず「ガマン」してやるのだが、これは認識が機能しているのでガマンが発生しているのだ、このガマンは近いうち何かしらの「バリバリ」に転じる/これが堂々たるポンコツの場合、それが「業務」「やらざるをえない」という認識さえ生じなくなる、このことについては「ポンコツ」がヒントなのだ、ポンコツは業務が業務であることをよくわかっていないので、業績を誇ろうとする能さえ持たない。
機能性が低いと、どうしてもいただけないので、ポンコツというのはそういうことではない、高機能でかつポンコツであれということ、われわれはポンコツでない高機能になろうとすると、モチベーションという正体不明のチャージを必要とし始めるのだ、だいたい高機能化したアプリというのはそういうよくわからない前置きを必要とするものだな、正しいポンコツは高機能でありながら、業務のふりをして勝手に自分の「道」を進んでいるものだ、ポンコツにはそういう機能しかないのだからしょうがない(注:バレンタインデーです、あなたの「道」はもちろんぼk(ry)。

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